━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ★本書の詳細 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ◆タイトル:リッチ・ダッド・プア・ダッド(Rich Dad Poor Dad)       ──裕福な人が子供に教えるお金のこと、貧しい人や中流階級が教えないこと ◆著者:ロバート・T・キヨサキ ◆目次 序章 二人の父を持った少年が、どちらの言葉を採用するかを選んだ レッスン1 貧しい人はお金のために働き、裕福な人はお金に働かせる レッスン2 いくら稼いだかではなく、いくら手元に残したか レッスン3 職業と事業は別物である──自分のビジネスに集中する レッスン4 税の歴史と法人という装置 レッスン5 裕福な人はお金を創り出す──前へ出るのは賢い人ではなく大胆な人 レッスン6 学ぶために働け──専門化という閉じ込め レッスン7 金融リテラシーを得た人が、それでも進めない五つの理由 レッスン8 眠っている財務の才能を起こす十の手順 選書結語・統合総括 選書コメント ◆著者略歴 ロバート・T・キヨサキ 日系アメリカ人。ハワイのサトウキビプランテーションの町で育つ。実父は博士号を持ち、学部の四年課程を二年未満で修了してスタンフォード、シカゴ、ノースウェスタンの大学院に全額奨学金で進んだ教育者で、州の教育行政に携わり、のちにハワイの教師組合のトップを務めた。本書はこの実父を「貧しい父」、親友マイクの父親を「裕福な父」と呼び、九歳から三十九歳までの三十年にわたって後者から受けた教えを再構成したものである。一九六九年にアメリカ商船学校を卒業し、スタンダードオイル・オブ・カリフォルニアのタンカー隊に三等航海士として乗り組むが半年で辞め、海兵隊に入ってパイロットとしてベトナムに従軍。一九七三年に除隊後、営業訓練プログラムを目当てにゼロックスへ入社し、内気な性格を克服して社内上位の営業成績を挙げる。在職中の一九七四年に最初の法人を設立し、ハワイの不動産ブームに乗って三年足らずで不動産事業の収入が給与を上回った。一九七七年にナイロンとベルクロの財布を扱う会社を創業。一九八四年から教育の仕事に本格的に移り、損益計算書と貸借対照表の関係を体で覚えさせるボードゲーム「キャッシュフロー」を考案した。一九九四年、四十七歳で引退。妻のキムとともに不動産と小型株を軸に資産を運用し、リッチダッドカンパニーを通じて金融教育の普及と教育制度の改革を訴え続けている。 ◆ストーリー 本書の出発点は、著者が二人の父を持ってしまったという偶然にある。一方は高学歴で、生涯にわたり職の安定と福利厚生と昇給を追い、死後には支払うべき請求書を残した。もう一方は八年生すら修了していないが、ハワイで最も裕福な人物の一人となり、死後に数千万ドルを家族と慈善団体と教会へ残した。同じ地点から出発した二人が正反対の場所へ着いたのは、収入額の差ではなく、お金について口にしていた言葉と、その言葉が起動させた思考の差だった。九歳の著者は、大学の学位を持つ実父ではなく、学歴のない後者から学ぶことを選ぶ。その決断が本書のすべてを規定している。 ★ 教えは講義ではなく体験として与えられた。時給十セントで缶詰の埃を払わされ、抗議すると報酬をゼロにされ、そのうえで昇給の誘惑を段階的に突きつけられる。少年たちはそこで、人を動かしているのが恐れと欲望という二つの感情であり、その二つが「起きて、働き、請求書を払う」という回路を回し続けていることを体で理解する。著者がラットレースと呼ぶこの回路から出る方法として本書が示すのは、たった一つの区別である。ポケットにお金を入れるものが資産で、ポケットからお金を取り出すものが負債。裕福な人は資産を買い、貧しい人と中流階級は資産だと信じて負債を買う。自宅がその代表例として、繰り返し俎上に載せられる。 ★ そこから本書は、区別を実行に移すための具体へ降りていく。職業と事業を切り分けて資産の欄に集中すること、法人という装置が支出と納税の順序を入れ替えること、市場が崩れているときこそ何もないところから資産を創れること、そして専門化がもたらす高い給与と引き換えに選択肢が失われていくこと。最後の二章は、知識を得てなお動けない人のための章になっている。恐怖、皮肉、怠惰、悪い習慣、傲慢という五つの障害を名指しし、理由を持つこと、日々選ぶこと、友人を選ぶこと、公式を学び替えること、まず自分に支払うことなど十の手順で締めくくられる。全篇を貫くのは、お金そのものではなく、お金について知っていることが最大の資産であり、知らないことが最大のリスクだという一貫した主張である。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■序章 二人の父を持った少年が、どちらの言葉を採用するかを選んだ ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 人はお金について、親の言葉をそのまま自分の人生に移植して生きている。著者が例外的だったのは、その移植元を二つ持ってしまったことだった。一人は博士号を持ち、学部の四年課程を二年未満で終え、スタンフォード、シカゴ、ノースウェスタンの大学院にすべて全額奨学金で進んだ高学歴の実父である。もう一人は八年生すら修了していない、親友マイクの父だった。二人とも勤勉で、二人ともかなりの収入を得ていた。それでも一方はハワイで最も裕福な人物の一人になり、死後に家族と慈善団体と教会へ数千万ドルを残した。もう一方が遺したのは、支払うべき請求書だった。 ★ 父が一人しかいなければ、少年はその助言を受け入れるか拒むかの二択しかなかった。二人いたことで、比較して自分で選ぶという第三の道が生まれた。しかも当時、裕福な父はまだ裕福ではなく、貧しい父もまだ貧しくはなかった。二人ともキャリアを始めたばかりで、お金と家族に苦労していた。同じ地点から出発した二人が正反対の場所へ着いたという事実こそが、この本の実験装置である。到達点の差を生んだのは収入額ではなく、お金について口にしていた言葉のほうだった。 ★ その言葉の差は、初めから徹底していた。一人は「金銭への愛はすべての悪の根源だ」と言い、もう一人は「金銭の欠如がすべての悪の根源だ」と言った。一人は「裕福な人は恵まれない人を助けるためにもっと税金を払うべきだ」と考え、もう一人は「税金は生産する人を罰し、生産しない人に報いる」と言った。一人は「一生懸命勉強して、良い会社に就職しなさい」と勧め、もう一人は「一生懸命勉強して、良い会社を買えるようになりなさい」と勧めた。一人は「私が裕福でない理由は、お前たちがいるからだ」と言い、もう一人は「私が裕福でなければならない理由は、お前たちがいるからだ」と言った。 ★ なかでも著者が生涯手放さなかったのが、「それを買うお金がない」という一言をめぐる対比である。裕福な父はこの言葉を家庭内で禁じ、代わりに「どうすればそれを買うお金を工面できるだろうか」と問わせた。前者は断定であり、後者は問いだ。断定は思考を終わらせ、問いは思考を起動させる。彼はこれを、脳という世界で最も強力なコンピュータを毎日鍛えるか眠らせるかの違いだと説明した。定期的にジムへ通う人と、ソファでテレビを見ている人の差が身体に現れるように、この習慣の差は数十年かけて経済力に現れる。実際、貧しい父は「私は決して金持ちにはなれない」と繰り返し、その予言どおりの人生を送った。 ★ 裕福な父のほうは、大きな財政的挫折に見舞われたあとでさえ、自分を金持ちと呼び続けた。「貧しいことと破産することは違う。破産は一時的だが、貧しさは永遠だ」というのが彼の理屈である。貧しい父が「お金には興味がない」「お金は重要ではない」と言うのに対し、彼は「お金は力だ」と言い切った。二人はどちらも教育を深く尊敬していたが、何を学ぶべきかで割れていた。一方は学位を取って良い就職をするために学べと言い、他方はお金の仕組みを理解して、お金を自分のために働かせるために学べと言った。 ★ 態度の差は、住まいと請求書という日常の細部にも及んだ。二人とも請求書は期日どおりに支払ったが、一人は最初に、もう一人は最後に支払った。一人は「我が家は最大の投資であり、最も重要な資産だ」と信じ、もう一人は「私の家は負債だ。もし家が最大の投資なら、あなたは困っている」と言った。二〇〇八年の住宅市場の崩壊は、この対立にきわめて明確な判定を下した。個人の住居は所有者のポケットにお金を入れてくれないし、値上がりを当てにできる資産でもない。二〇一七年になっても、多くの家の価値は二〇〇七年の水準を回復していなかった。 ★ もう一つの分岐点は、誰が自分の面倒を見るのかという前提だった。貧しい父は会社や政府が自分と家族を守るべきだと信じ、昇給、退職プラン、医療福利、病気休暇、休暇日を絶えず気にかけていた。二十年勤めて生涯の退職金と特典を得た軍人の叔父たちに感銘を受け、大学の終身雇用制度を愛した。「政府のために一生懸命働いてきたのだから、これらの特典を受ける権利がある」というのが口癖である。裕福な父はその権利意識こそが人を弱くし経済的に困窮させると声を上げ、完全な経済的自立を説いた。一方が数ドル貯めるのに苦労し、他方が投資そのものを生み出していた。一方は良い仕事を得るための履歴書の書き方を教え、他方は仕事を創り出すためのビジネスプランと財務計画の書き方を教えた。 ★ 著者は九歳で、裕福な父から学ぶと決めた。大学の学位を持っているのは実父のほうだったにもかかわらず、その助言を採らないという痛みを伴う選択をしたのである。彼はこの決断を、愛読するロバート・フロストの詩「選ばなかった道」に重ねている。森で二つに分かれた道のうち、人があまり通らないほうを選んだことが、その後のすべての違いを生んだ。誰の言うことを聞くかを決めたその瞬間から、彼のお金の教育が始まった。裕福な父は、著者が三十九歳になるまでの三十年間教え続け、伝えたいことが伝わったと見て取った時点で教えるのをやめた。 ★ 三十年かけて繰り返されたのは、たった六つの教訓だった。本書はその六つを、教えられたときと同じだけ単純な形で並べたものである。著者が強調するのは、これらが答えではなく道しるべだという点だ。背景にあるのは、お金の教育が学校ではなく家庭で行われているという構造的な事実である。学校は学業と専門スキルに焦点を当て、金融スキルには目を向けない。だからこそ優秀な成績を収めた銀行家や医者や会計士が生涯お金に苦しむし、金融教育をほとんど受けていない高学歴の政治家や官僚が国家の財政判断を下した結果、アメリカの国家債務は二十兆ドルに迫ることになった。貧しい親が子に教えられるのは「学校に行って一生懸命勉強しなさい」だけであり、その子は優秀な成績で卒業しても、貧しい人の金銭的プログラミングを保ったままになる。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■教訓1 貧しい人はお金のために働き、裕福な人はお金に働かせる ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 給料を上げても、お金の問題は解決しない。解決しないどころか、上がった分だけ問題は太る。この章はその一点を、九歳の少年に体で覚えさせるという方法で証明していく。舞台は一九五六年のハワイ、サトウキビプランテーションの町である。学区の境界線がたまたま引き直されたせいで、著者と親友のマイクは、プランテーションの管理者や医者や商人や銀行家の子が通う公立小学校に入ることになった。二人だけが場違いだった。ジミーの母が新しいキャデラックで迎えに来て週末の別荘に友人を連れて行った日、著者とマイクは招かれなかった。貧乏な子だから、というのが理由だと聞かされた。 ★ 少年は夕刊を読む父に、どうすれば金持ちになれるのかと尋ねた。返ってきたのは「頭を使え」という一言だった。著者は当時すでに、それが「これ以上言うことはない」あるいは「答えを知らないので追及しないでくれ」を意味していると察していた。実父は後にそれを率直に認める。自分は学校の教師になることを選んだ、教師は金持ちになることを考えない、助けたいがお金の稼ぎ方は本当にわからない、と。この正直な無知の告白が、少年をマイクの父のもとへ送り出すことになる。 ★ 最初に二人が実行した「頭を使う」は、犯罪だった。当時の歯磨き粉のチューブは鉛でできていた。二人は近所を回って使用済みのチューブを集め、母の洗濯機の隣の段ボール箱に溜め、家族のバーベキューグリルを最大火力にして鋼の鍋で溶かし、石膏の型に流し込んでニッケル硬貨を鋳造した。粉まみれのドライブウェイで作業中に帰宅した父は、型から落ちた鉛の硬貨を見て事態を理解する。彼は「偽造」という語の意味を優しく説明したうえで、こう続けた。違法だが、君たちは創造性と独自の思考を示した、私は誇りに思う、続けなさい、諦めるな、と。ほとんどの人は金持ちになる話をし夢を見るだけで終わるが、君たちは実際に何かを成し遂げた、というのが彼の評価だった。 ★ 実父は同時に、決定的な補助線を引いている。良い車や良い家があるからといって金持ちとは限らないし、お金の稼ぎ方を知っているとも限らない、という指摘である。ジミーの父は砂糖プランテーションに勤め、車は会社が買っている。その砂糖会社は財政的に苦しく、彼はいずれ何も持たなくなるかもしれない。対してマイクの父は自前で帝国を築きつつある。見えている暮らしぶりと、その暮らしを支える構造はまったく別物だという、本書全体を貫く区別がここで導入される。 ★ そのマイクの父は、中学すら出ていないにもかかわらず、倉庫、建設会社、チェーンストア、三軒のレストランを回していた。のちに小さな近所の食料品店を九軒持つことになるが、それはコンビニエンスストアが普及する前の時代の、牛乳やパンやタバコを買うための店である。彼が少年たちに提示した条件は交渉の余地のないものだった。教室のようには教えない、自分のために働けば教える、働かなければ教えない。質問していいかと尋ねた著者に、彼は質問も許さなかった。決断を下せない者はお金の稼ぎ方を学べない、チャンスは来ては去る、迅速な決断は重要なスキルだ、十秒で決めろ、と言い放った。二人は受け入れた。 ★ 条件は時給十セント、毎週土曜日に三時間である。仕事はマーティン夫人のもとで缶詰を棚から下ろし、羽根ばたきで埃を払い、積み直すことだった。エアコンが普及する前のハワイでは店のドアを開け放つほかなく、車が通るたびに舞い上がった埃が商品に降り積もる。仕事が尽きることはなかった。三時間働いて手渡される三十セントは、一冊十セントの漫画本三冊分にしかならない。四週目の水曜日、著者は辞める決意を固める。土曜日を楽しみにできなくなり、そのうえ最初の日以来、雇い主本人とは一度も話していなかった。 ★ 辞意を伝えたいと申し出た著者を、リッチ・ダッドは薄暗いリビングでさらに四十五分待たせた。先に来た二人の女性は三十分で、年配の男性は二十分で出てきた。この待ち時間そのものが仕込みだった。ようやく通された著者は、涙をこらえながら大人に食ってかかる。約束を守っていない、野球の試合を諦めて働いたのに何も教わっていない、町の人が言うとおりの強欲な詐欺師だ、従業員を大切にせず敬意も示さない、と。相手の返答は意表を突くものだった。「悪くない。一ヶ月も経たないうちに、君はほとんどの従業員と同じ話し方をするようになった」。 ★ 著者が「何も教わっていない」と繰り返すと、リッチ・ダッドは前提そのものを崩しにかかる。教えるとは話すことや講義することなのか、と。学校ではそう教わると答えた少年に、彼は、それは人生の教え方ではないと告げた。人生は語りかけてこない、ただ押してくるだけだ。その押しは「目を覚ませ、学ぶべきことがある」という合図である。著者は後年、この考え方がエドガー・デールの学習の円錐と一致することに触れている。一九六九年に提示されたこのモデルでは、実際に行うことやシミュレーションを通じた体験学習が最も定着し、読書と講義が最も定着しない。そして学校が採用しているのは、まさにその読書と講義である。 ★ リッチ・ダッドの整理では、押されたときの反応は三通りに分かれる。押し流されて諦める人、怒って反発する人、そして教訓を学んで前に進む少数である。反発する人の多くは、自分が上司や仕事や配偶者に反発しているつもりで、実際には人生そのものに反発していることに気づかない。この教訓を学べば賢く裕福で幸せな若者になるが、学ばなければ、仕事や低賃金や上司のせいにして一生を過ごし、すべてのお金の問題を一挙に解決してくれる大きなチャンスを待ち続けることになる。 ★ そこから、この章で最も射程の長い一言が出てくる。私を責めるのをやめなさい、私が問題だと思うなら私を変えなければならない、しかし自分が問題だと気づけば、自分を変え、何かを学び、賢くなれる、というものだ。ほとんどの人は自分以外の誰かに変わってほしいと願うが、自分を変えるほうがはるかに簡単である。著者が「では何が問題を解決するのか」と尋ねると、リッチ・ダッドは椅子にもたれ、少年の頭を軽く叩いて答えた。耳と耳のあいだにあるもの、と。 ★ 彼が少年たちを特別扱いした理由も、このとき明かされる。百五十人を超える従業員のうち、お金について何を知っているのかと尋ねてきた者は一人もいなかった。全員が仕事と給料は求めるが、知識は求めない。だから大多数の人間は、人生の最も良い時期をお金のために働いて過ごしながら、自分が何のために働いているのかを理解しないまま終わる。マイクが「お金の稼ぎ方を教えてほしい」と言ってきたとき、彼は講義ではなく現実を反映した課程を設計しようと決めた。時給十セントは、その課程の教材だったのである。 ★ 一方、実父はこの状況に憤慨していた。児童労働法違反であり調査されるべきだ、せめて時給二十五セントは要求しろ、昇給がなければ即刻辞めろ、そんな仕事は必要ない、と。教育を受けた側の父の反応が、そのまま従業員の反応であるという構図がここで静かに示される。そしてリッチ・ダッドは、正反対の方向へ舵を切った。次から報酬をゼロにする、と宣言したのである。お金のために働かない方法を学びたいと言ったのだから何も払わない、マイクはすでに無給で缶詰の埃を払っている、というのが理屈だった。 ★ 著者が「不公平だ」と叫んだことを、リッチ・ダッドはむしろ歓迎した。真の学びにはエネルギーと情熱と燃えるような欲望が必要であり、怒りはその公式の大きな部分を占める、情熱とは怒りと愛が組み合わさったものだ、というのが彼の説明である。もし少年が無給を淡々と受け入れていたら、教えることはできないと告げるつもりだった。お金に関して多くの人を導いているのは情熱ではなく恐れであり、恐れに導かれている限り、安全と安心の側にしか動けない。 ★ 無給で働き始めて三週間後、リッチ・ダッドは店に立ち寄り、二人をアイスバーとともに公園のピクニックテーブルへ連れ出した。そこで行われたのが、本書で最も鮮烈な場面である昇給テストだった。彼はまず時給二十五セントを提示する。著者は首を振ったが、実際には心臓が高鳴っていた。次に一ドル。頭の中で「受けろ」という声が叫んだ。次に二ドル。一九五六年のことで、それは少年を世界一裕福な子供にする金額だった。新しい自転車、新しい野球グローブ、現金を見せたときの友人の羨望、そしてもう貧乏と呼ばれずに済むこと。それらが一斉に頭を駆けめぐった。 ★ ところが五ドルを提示された瞬間、何かが反転した。金額があまりに大きく馬鹿げていたために、誘惑がふっと消え、冷静さが戻ったのである。左を向くとマイクも同じ地点に到達していた。リッチ・ダッドはこのとき、二人を試していたことを認める。誰の中にも買われてしまう弱く欠乏した部分があり、同時に決して買われない部分がある。問題はどちらが強いかだけだ、と。ほとんどの人には値段がついていて、その値段は恐れと欲望という二つの感情によって決まる。 ★ この二つの感情が作る回路が、本書の代名詞となる「ラットレース」である。お金がないことへの恐れが人を働かせ、給料を受け取ると今度は欲望がお金で買えるものを考えさせる。起きて、働きに行き、請求書を支払う。それをひたすら反復する。給料を増やしてやれば、人は支出を増やすことでこのサイクルを維持してしまう。恐れが外へ押し出し、欲望が呼び寄せる。リッチ・ダッドはこれを、荷車を引くロバの鼻先にニンジンをぶら下げた絵にたとえた。飼い主は自分の行きたい場所へ着くが、ロバが追っているのは幻想であり、明日も別のニンジンが待っているだけである。年を重ねればニンジンは高価になる。新車になり、ボートになり、友人を驚かせるための大きな家になる。 ★ 罠から出る最初の一歩として彼が挙げたのは、意外にも「真実を語ること」だった。他人に言う必要はない、自分が何を感じているかを自分に対して認めること。ほとんどの人はそれをしない。お金がないことへの恐れを感じているのに、論理的に対処せず、頭を使う代わりに感情で反応する。少しお金が入れば今度は喜びと欲望と貪欲が支配し、やはり反応するだけで考えない。恐れを静めるために働きに出るが、お金は恐れを消してくれない。恐れは翌朝また一緒に目を覚まし、人はまた働きに出る。 ★ この恐れは、貧しい人の専有物ではない。リッチ・ダッドは、多くの裕福な人が裕福である理由は欲望ではなく恐れだと指摘した。お金があれば貧困の恐れが消えると信じて蓄えるが、消えるどころか、今度は失うことへの恐れに変わる。何百万も持ちながら、貧しかった頃より怯えている友人が彼にはいた。大きな家も車も高級な暮らしも失いたくない、全部失ったら友人に何と言われるかが心配でならない。外から見れば裕福でも、内側は絶望と神経過敏でできている。かといって貧しければ幸せなわけでもない。お金を避けることは、お金に執着することと同じくらい精神的に歪んでいる、というのが彼の判定だった。 ★ ちょうどそのとき、町の浮浪者がテーブルの脇を通り、ゴミ箱を漁り始めた。リッチ・ダッドは財布から一ドル札を出して手渡し、去っていく背中を見ながら、彼は私の従業員の大半とあまり変わらないと言った。「お金には興味がない」と言いながら一日八時間働く人々のことである。興味がないなら、なぜ働いているのか。それは真実の否定であり、お金を貯め込む人よりも歪んでいるかもしれない。著者はこのとき、実父が同じ台詞を繰り返していたことを思い出している。 ★ では感情を消せばいいのかというと、そうではない。感情こそが人間を人間にしているのであり、エモーションとは動いているエネルギーのことだ、というのがリッチ・ダッドの立場である。求められるのは、感情に反応するのではなく観察者になること、感情で考えるのではなく感情を使って考えることだった。「仕事を見つけなければならない」という思考は、多くの場合お金がないことへの恐れが生み出している。そこで走り出す前に、この恐れに対して仕事は最良の解決策なのかと自問できるかどうか。彼の答えは否だった。仕事は長期的な問題に対する短期的な解決策にすぎない。 ★ 実父の「良い成績を取って安全で安定した仕事を」という助言についても、リッチ・ダッドは人格ではなく動機を分析してみせた。その助言は愛から出ているが、同時に恐れから出ている。息子が十分に稼げず社会に適応できないことへの恐れである。彼が問題の根に置いたのは、経済でも政府でも富裕層でもなく、恐れと無知の組み合わせだった。お金に関する無知が欲望と恐れを増幅する。医者が家族のために料金を上げれば医療費全体が上がり、弁護士も上げ、教師も昇給を求め、税金が上がる。持つ者と持たざる者の格差が開きすぎたとき、偉大な文明は崩壊してきた。歴史から日付と名前は暗記されるが、教訓は学ばれない。 ★ ビジネススクールについての評価も辛辣である。そこは従業員を洗練された数字の管理者に育てる場所になりがちで、数字しか見ない管理者が事業を引き継ぐと、人を解雇し価格を上げて事業を壊す。数字の管理は重要だが、それは全体像ではない。彼が本当に警戒していたのはもっと大きな地殻変動だった。当時アメリカは金本位制にあり、ドル紙幣は銀証書だった。いつかその裏付けが外れるという噂を彼は心配し、そうなれば、お金は本物で会社や政府が自分を守ってくれると信じ続ける人々の人生が台無しになると予言している。 ★ 第一の教訓が実を結んだのは、その直後だった。著者は店で、マーティン夫人が売れ残った漫画本の表紙の上半分だけを切り取り、残りを段ボール箱に捨てているのを目撃する。切り取った表紙は配達業者に返却してクレジットを受け取るためのもので、本体は廃棄されるだけだった。著者は配達業者に交渉し、この店で働いていて再販しないという条件で、廃棄予定の漫画を譲り受ける約束を取り付けた。マイクの家の地下室の空き部屋に数百冊を積み上げ、勉強好きなマイクの妹を図書館長として週一ドルで雇い、午後二時三十分から四時三十分まで開く漫画図書館を開業する。入場料は十セント。漫画一冊が十セントなのだから、二時間で五、六冊読める子供たちには破格だった。妹は来館者数と名前と感想まで記録した。 ★ 三ヶ月間、二人は週平均九ドル五十セントを稼いだ。時給十セントで得ていた三十セントとは桁が違う。決定的なのは金額ではなく構造だった。二人は毎週土曜日に店で働き、各店から漫画を集める契約も、再販しないという約束も守り続けていた。それでも収入は、二人がその場にいない時間に生まれていた。支店を増やそうとして頓挫したのは、マイクの妹ほど信頼できて献身的な人材が見つからなかったからで、著者はここで、良い人材を見つけることの難しさを早くも学んでいる。事業自体は、別の地区の子供たちが押し入って喧嘩になったため、マイクの父の提案で閉じられた。 ★ 報酬をゼロにされたことが、この結果を生んだ。給料が出ていれば、二人は缶詰の埃を払い続けて土曜日を終えていただろう。支払いを断たれたからこそ想像力を使わざるをえず、他人が捨てているものの中に機会を見つけ、雇用主に依存しない自前の財布を持った。リッチ・ダッドが給料の代わりに与えたのは、それを見る目だった。彼が繰り返した予告どおり、一度でも機会を見つけた者は、その後の人生でずっと機会が見えるようになる。ほとんどの人がお金と安定しか手に入れられないのは、お金と安定しか探していないからである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン2 いくら稼いだかではなく、いくら手元に残したか ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ この章の主張は、資産と負債の違いを知り、資産だけを買え、という一行に尽きる。著者はこれを第一のルールであり唯一のルールだと言い切る。あまりに単純なため、ティーンエイジャーになっていた著者とマイクは、これが金持ちになる秘密だと告げられたとき冗談だと思った。単純すぎることこそが、この原則が見落とされ続ける理由である。 ★ その前に著者は、お金が問題を解決するという発想の欠陥を、一つの会合の後日談で示す。一九二三年、シカゴのエッジウォータービーチホテルに当代最高の実業家たちが集まった。最大の独立鋼鉄会社を率いるチャールズ・シュワブ、世界最大の公共事業会社の社長サミュエル・インスル、最大のガス会社を預かるハワード・ホプソン、国際マッチ社のイヴァール・クルーガー、国際決済銀行のレオン・フレイザー、ニューヨーク証券取引所社長リチャード・ホイットニー、投機家のアーサー・コットンとジェシー・リバモア、そしてハーディング政権の閣僚アルバート・フォールである。 ★ 二十五年後、この九人がどうなったかが問題だ。シュワブは借金で暮らし無一文で死に、インスルは異国で破産し、クルーガーとコットンも破産した。ホプソンは精神を病み、ホイットニーとフォールは刑務所から出てきて、フレイザーとリバモアは自ら命を絶った。一九二三年という年は、一九二九年の大暴落と大恐慌の直前である。著者が読み取るのは、彼らが失ったのはお金であって、お金を守る知恵は最初から資産ではなかったということだ。知恵が問題を解決し、お金を生む。金融の知識を伴わないお金は、あっという間に消える。 ★ 同じ現象は現代の縮小版として繰り返されている。宝くじで大金を得た人が貧しさに戻り、二十四歳で何百万も稼ぐプロ選手が十年後に橋の下で眠る。著者が記憶している例では、一年前まで何百万も持っていた選手が二十九歳で最低賃金の洗車の仕事に就き、友人と弁護士と会計士に資産を奪われたと訴えていた。彼はチャンピオンシップリングを外すことを拒んで解雇され、その解雇を不当だとして争った。リングだけが唯一の財産であり、それを失えば自分は崩れると彼は主張した。大事なのは稼いだ額ではなく、残せた額と、それを何世代維持できるかである。 ★ では何から始めるのか。著者の答えは、子供のころ言われたとおり「金融リテラシーを身につけろ」でしかなく、質問者はたいてい失望する。彼はこれを建築にたとえた。エンパイア・ステート・ビルを建てるなら、まず深い穴を掘って堅固な基礎を作る。郊外の一軒家なら十五センチのコンクリートを流せば済む。ところが多くの人は、その十五センチのスラブの上に摩天楼を建てようとしている。金融教育のないまま卒業し、郊外で借金に苦しみながら眠れぬ夜を過ごし、解決策は手っ取り早く金持ちになる方法だと決意して、上へ上へと積み上げる。できあがるのは摩天楼ではなく、郊外の傾いた塔である。 ★ 基礎にあたるのが会計だ。著者はこれをおそらく世界で最も混乱していて退屈な科目だと認めつつ、長期的に豊かになりたいなら最も重要な科目かもしれないと言う。リッチ・ダッドの解決策は、言葉をほとんど使わず絵で教えることだった。何年も単純な線画を描き続け、二人が流れを理解してから数字を足していった。定義そのものは拍子抜けするほど簡単である。資産とは、自分が働いていなくてもポケットにお金を入れてくれるもの。負債とは、ポケットからお金を取り出すもの。それだけだ。 ★ なぜこれほど単純なことが混乱するのか。著者は、辞書で資産と負債を引いてみろと言う。会計士には通じても一般人には意味をなさない定義が出てくるが、大人はプライドが高く、意味がわからないと認められない。しかも彼らはすでに銀行家や会計士や不動産業者やファイナンシャルプランナーから別の教育を受けており、学び直しを求められることを侮辱と感じる。リッチ・ダッドが守ったのはKISSの原則、すなわち単純に保てという方針だった。彼が繰り返したのは、資産を定義するのは言葉ではなく数字だ、数字を読めなければ資産と地面の穴の区別もつかない、という警告である。会計で重要なのは数字そのものではなく、数字が語っている物語のほうだ。 ★ 著者はここでアルビン・トフラーを引き、二十一世紀の無知とは読み書きができないことではなく、学び、学び捨て、学び直すことができないことだと述べる。図が示す矢印は現金の流れであり、その向きが物語を語る。貧しい人の現金は税金と食費と交通費と衣服で出ていくだけで終わる。中流階級の現金は給与として入り、税金と車の支払いとカードの返済と学資ローンへ流れ、負債の欄には住宅ローンと自動車ローンと学資ローンが並ぶ。裕福な人の現金は賃貸収入と配当と利息とロイヤリティとして入り、資産の欄には不動産と株式と債券と知的財産が積み上がる。全世帯の八割で、財務の物語は前進しようとする努力を描いているのに、その努力が空回りしている。資産ではなく負債を買うことに人生を使っているからだ。 ★ だから収入が増えても事態は改善しない。お金は頭の中にあるキャッシュフローのパターンを増幅するだけで、入った分を使い切るパターンの持ち主は、現金が増えれば支出を増やすだけである。相続や昇給や宝くじのあとで以前より悪い状態に戻る人が絶えないのはそのためだ。学校は稼ぐための専門スキルを教えるが、稼いだ後にどう扱い、どう他人に奪われないようにし、どう長く保ち、どう自分のために働かせるかという金融的適性を教えない。 ★ その帰結を、著者は一組の若い夫婦の物語で描く。二人は狭い賃貸アパートで暮らし始め、同居すれば一人分の生活費で済むと気づいて貯蓄する。やがて子供のために夢の家を買おうと決め、共働きでキャリアに集中し、収入とともに支出も増えていく。最大の支出は税金である。多くの人は所得税だと思っているが、社会保障税とメディケア税の負担は見かけの七・五パーセントではなく、雇用主が同額を負担するため実質十五パーセントに達する。それは本来なら雇用主が労働者に支払えたはずのお金だ。しかも受け取れないその天引き分にも所得税がかかる。 ★ 家を買えば不動産税が加わり、新しい家には新しい車と家具と家電が要る。気づけば負債の欄は住宅ローンとカード債務で埋まっている。収入が増えれば税率の階層を一段上がり、税金がさらに増える。そこへローン会社から電話がかかり、最大の資産である家の価値が上がったと告げられる。信用が良好だから債務整理ローンを組み、高金利のカード債務を住宅ローンにまとめれば、支払いは三十年に延び、月々は軽くなり、しかも住宅ローンの利息は税控除の対象になる。賢明な選択に見える。カードの残高はゼロになる。だが習慣は変わらないので、カードはまた埋まっていく。二〇一六年時点で、アメリカの消費者のカード債務は七千七百九十億ドルという過去最高に達していた。著者の友人が借金を抱えた人に繰り返す助言は、穴を掘ってしまったなら、まず掘るのをやめろ、というものである。 ★ この行動を支えているのが、群衆から外れることへの恐怖だ。著者の実父は、日本人が剣と宝石と鏡という三つの力を語ることを教えた。剣は武器の力、宝石はお金の力であり、金を持つ者がルールを作るという言葉には一理ある。そして最も貴い三つ目が、自己認識を象徴する鏡である。公の場で話す恐怖が死への恐怖を上回るとされるのは、排除され、目立ち、批判され、嘲笑され、仲間外れにされることへの恐れが束になっているからだ。人と違うことへのこの恐れが、新しい解決策を探すことを妨げる。だから人は、分散投資しろ、家は資産だ、安全な仕事に就け、リスクを取るな、といった決まり文句を検証せずに反復する。鏡の前で「これは理にかなっているのか」と問い直す者だけが、そこから抜ける。 ★ 著者とマイクが十六歳で学校と齟齬をきたし始めたのは、この問いを覚えてしまったからだった。二人は放課後と週末にリッチ・ダッドのもとで働き、彼が銀行家、弁護士、会計士、ブローカー、投資家、マネージャーと会議をするテーブルに何時間も同席した。十三歳で学校を辞めた男が、教育を受けた専門家たちに質問し指示を出し、彼らはその呼び出しに応じていた。彼は「みんながそうしているから」という言葉と「できない」という言葉を嫌い、賢い人間は自分より賢い人間を雇うのだと繰り返した。二人はこの会議で、学校と大学の全期間を通じて学んだ以上のものを学んだと著者は書いている。同時に、良い成績を取らなければ現実の世界で通用しないという教師の説教に眉をひそめるようになり、なぜお金を学ばないのかと尋ねては、お金は重要ではない、成績が良ければ後からついてくる、という答えを受け取った。 ★ 最も摩擦を生んだのが、自宅をめぐる父との議論である。実父は我が家が最大の投資だと言い、著者はキャッシュフローの向きを描いて反論した。彼が挙げる根拠は具体的だ。住宅ローンの利息は控除されても、他のすべての支出は税引後のお金で払う。妻の両親は退職後、自宅の固定資産税が月千ドルに膨らんで愕然とした。価値が常に上がるとも限らず、著者の友人には、現在の市場価格をはるかに下回る値でしか売れない家に百万ドルの借金を負っている者がいる。そして最大の損失は機会損失である。資金が家に縛られていれば、資産の欄は太らず、支出の欄から流出し続ける。 ★ 高い家を買って投資を後回しにする選択は、三つのものを同時に奪う。他の資産が育つはずだった時間、維持費に消えた分の投資可能な資本、そして投資経験という教育である。投資する金がないから投資しない、だから洗練された投資家になれない。ところが最良の案件は、まず洗練された投資家に持ち込まれ、そのあとで安全策を取る人々に回ってくる。著者は家を買うなとは言わない。順序を逆にしろと言う。大きな家が欲しいなら、まずその支払いを賄うキャッシュフローを生む資産を買え、ということである。 ★ 自分の現在地は財務諸表でしか測れない。お金は人生というゲームの得点であり、財務諸表はスコアカードだ。銀行がそれを求めるのは、得点を知りたいからである。実父の個人財務諸表は、支出が収入に見合ってしまって資産に回す余地がなく、負債が資産を上回るという、ラットレースに囚われた人間の典型を示していた。リッチ・ダッドの財務諸表はその逆で、資産の欄が支出を賄う収入を生み、余剰がまた資産の欄に戻る。資産が増えれば収入が増え、収入が増えればまた資産が増える。富裕層がさらに富裕になる仕組みはこれだけである。 ★ 中流階級が苦しむ構造も対称的だ。主な収入源は給与だけで、給与が増えれば税金が増え、支出も歩調を合わせて増える。自宅を主要な資産と見なすため、収入を生む資産には投資しない。昇給したらもっと大きな家を買えるという発想が、負債まみれの社会の土台になっている。しかも退職後の受け皿は揺らいでいる。エンロン事件以降、年金制度の危うさは露呈し、ギリシャやイタリアやカリフォルニアの公的年金でさえ約束した額を払えない。二〇〇九年の株式市場の崩壊は、退職を目前にした人々を直撃した。企業年金は401(k)に置き換えられ、社会保障も明らかに危機にある。投資を学ぶ時間のない人々は投資信託のマネージャーに依存し、分散されているという理由で安全だと感じる。だが彼らが安全策を取らざるをえないのは、貸借対照表が均衡しておらず、収入源が給与しかないからだ。金融教育の欠如そのものが、彼らのリスクを作っている。 ★ 働き手が誰のために働いているかも、この構造で説明がつく。会社のために働いて給料を得て、政府のために働いて税金を払い、銀行のために働いて住宅ローンを返す。多くの人は一月から五月まで政府のためだけに働いている計算になる。従業員として努力を増やせば、この三者が取る分が増えるだけだ。だから著者は、努力が自分と家族に直接届く形を学べと言う。 ★ では、どこまで行けば豊かになったと言えるのか。著者はジオデシック・ドームの特許で建築界を騒がせたR・バックミンスター・フラーの定義を借りる。富とは、今日働くのをやめたら何日生き延びられるかという能力である。純資産という指標には、ガレージで眠っている現金を生まない持ち物や、持ち主の希望的な評価額が紛れ込む。フラーの定義は、資産が生むキャッシュフローと支出とを突き合わせるだけなので、ごまかしが効かない。資産からの現金が月に千ドル、支出が月に二千ドルなら、富は半月分ということになる。 ★ この物差しで見ると、現代人の足元は心もとない。二〇一六年のGOBankingRatesの調査では、アメリカ人の三十四パーセントが貯蓄をまったく持たず、多くは四百ドルにも満たなかった。給料や公的援助なしで長く持ちこたえられる人はほとんどいない。著者自身は一九九四年、四十七歳で引退した。妻のキムは三十七歳だった。彼の言う引退とは働かないことではなく、働いても働かなくてもよく、富が自動的に増えてインフレを上回る状態を指す。それは木を植えるのに似ている。何年も水をやり続けるが、根が深く張ったある日、木はもう世話を必要とせず、代わりに日陰をくれる。同じ年、マイクは父の帝国を継ぎ、父より上手に回し、いまは自分の息子を後継者として育てている。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン3 職業と事業は別物である──自分のビジネスに集中する ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 自分が何の商売をしているのかを、当人が取り違えていることがある。一九七四年、テキサス大学オースティン校のMBAクラスで講演したレイ・クロックは、そのあと学生たちとビールを飲みながら、自分はどんなビジネスをしていると思うかと尋ねた。冗談だと思った学生たちが笑い、ようやく一人が、ハンバーガーに決まっているでしょうと答えた。クロックの返答は、自分はハンバーガーの商売はしていない、不動産の商売をしている、というものだった。彼の事業計画の主眼はフランチャイズの販売にあったが、彼が片時も目を離さなかったのは各店舗の立地である。フランチャイズを買う者は、同時にその下の土地をクロックの組織のために買っていた。 ★ その帰結は数十年後に現れている。マクドナルドは今日、世界最大の不動産所有者であり、カトリック教会より多くの土地を持ち、国内外の最も価値ある交差点と街角を押さえている。この講演を聞いた著者の友人は、それを生涯で最も重要な教訓の一つと考えた。彼は現在、洗車場を経営しているが、自分のビジネスはその洗車場の下にある不動産だと言う。リッチ・ダッドがマイクと著者に教えたのも、まったく同じ内容だった。 ★ ここで著者が引く線は、職業と事業の区別である。彼が「あなたのビジネスは何ですか」と尋ねると、多くの人は「銀行員です」と答える。その銀行を所有しているのかと重ねると、いいえ、そこで働いていますと返ってくる。職業は銀行員でも、その人自身の事業は別に必要だ。学校の厄介なところは、学んだものに自分自身がなってしまう点にある。料理を学べばシェフになり、法律を学べば弁護士になり、自動車整備を学べば整備士になる。そして人は他人の事業の面倒を見て、その他人を豊かにするために一生を使う。 ★ 自分の事業とは、損益計算書の収入の欄ではなく、貸借対照表の資産の欄に属するものだ。昇給が要る、昇進したい、より良い仕事のために学校へ戻る、残業を増やす、副業を始める――これらはすべて収入の欄の話であり、増えた分が収入を生む資産の購入に回らない限り、経済的な安定には寄与しない。貧困層と中流階級の多くが財政的に保守的なのは、性格が慎重だからではない。基盤がないからリスクを取る余裕がなく、仕事にしがみつくしかないのである。国際労働機関は二〇一七年の世界の失業者が二億人に達しうると予測しており、そこへロボットによる置き換えが重なる。 ★ リストラが流行語になったとき、多くの人は、最大の資産だと思っていた自宅が毎月自分を食っていることに気づいた。車も同じで、ガレージの千ドルのゴルフクラブはもう千ドルではなかった。著者自身、財務状況が芳しくない時期のローン申請で、新しいゴルフクラブ、アートコレクション、本、電子機器、アルマーニのスーツ、腕時計、靴を資産の欄に書き足して数字を膨らませたことがある。結果は却下だった。理由は投資用不動産が多すぎることで、審査委員会は家賃収入の比率を嫌い、なぜ普通の給料の仕事に就いていないのかと尋ねた。スーツやゴルフクラブについては誰も疑問を呈さなかった。標準的な型に収まらない人生は、ときに割を食う。 ★ 純資産という数字を著者が信用しないのはこのためだ。売り始めた瞬間に利益へ課税されるうえ、個人の持ち物は帳簿上の価値のごく一部でしか売れない。収入が足りなくなって資産を売り、現金を作ろうとして深刻な事態に陥る人は多い。新車はディーラーの敷地を出た瞬間に約二十五パーセントを失う。著者の四百ドルのチタン製ドライバーは、最初のティーショットを打った瞬間に百五十ドルになった。銀行が資産として計上させてくれるものが、本当の資産だとは限らない。 ★ 彼が本物とみなす資産は七つに整理される。自分がそこにいなくても回るビジネス、株式、債券、収入を生む不動産、借用証書、音楽や脚本や特許といった知的財産からのロイヤリティ、そして価値があり収入を生むか値上がりし、売れる市場があるものだ。第一項目には但し書きが付く。自分が働かなければならないなら、それは事業ではなく自分の仕事にすぎない。加えてリッチ・ダッドは、愛せる資産を選べと言った。愛していなければ世話をしないからである。著者が不動産を集めるのは、建物と土地が単純に好きで、いつまでも眺めていられるからだ。問題が起きても、その愛情が揺らぐほどではない。不動産が好きでない人は買わないほうがいい。 ★ 彼が小型株やスタートアップ株を好むのも同じ理由による。かつてカリフォルニア・スタンダードオイル、海兵隊、ゼロックスに身を置いた経験から、自分が組織人ではなく起業家だと知っている。会社を立ち上げるのは好きだが、運営は得意ではない。だから買うのはたいてい小さな企業の株で、戦略は一年以内に手放すこと。不動産のほうは小さく始めてより大きな物件へ乗り換え、利益への課税を繰り延べながら、七年未満で回していく。海兵隊やゼロックスに勤めていた間も、彼は昼の仕事を続けたまま、この二つを動かしていた。 ★ それでも著者は起業を勧めない。十社のうち九社が五年以内に潰れ、生き残った一社のうちさらに十社に九社が最終的に失敗する。心から自分の会社を持ちたいという願望がある場合にだけやればよく、そうでなければ昼の仕事を続けながら資産の欄を厚くしていけばいい。彼の言い方では、資産の欄に一度入ったドルは決して外へ出してはならない。そのドルは従業員になったのであり、お金の何より優れた点は、二十四時間働き、世代を超えて働き続けることである。 ★ 贅沢の順番にも、両者の差は表れる。裕福な人は資産を先に作り、その資産が生む収入で贅沢品を買う。貧しい人と中流階級は贅沢品を先に買い、自分の汗と血と、子供に残せたはずの遺産で支払う。大きな家や宝石や毛皮やボートを持てば裕福に見えるが、実態はクレジットで深くなった借金である。著者の妻キムがメルセデスを買ったとき、支払ったのは彼女ではなくアパートだった。そのために彼女は、不動産のポートフォリオが車の支払いを賄うキャッシュフローを生むまで四年待っている。だからその車は単に美しい車ではなく、彼女が自分の金融知識で手に入れたという証明になった。退屈しのぎに新しいおもちゃをクレジットで買った人が、やがてその買い物を恨むようになるのとは、まるで別の経験である。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン4 税の歴史と法人という装置 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ リッチ・ダッドはロビン・フッドを英雄と見なさなかった。彼に言わせれば、あれは泥棒である。そして著者によれば、金持ちから取って貧しい人に与えるというこの幻想こそが、貧困層と中流階級に最も大きな痛みをもたらしてきた。実際には富裕層は税を払っておらず、貧しい人々のぶんを負担しているのは中流階級、とりわけ教育を受けた高所得の中流階級だからである。実父が教育の歴史の専門家であったのに対し、リッチ・ダッドは自分を税の歴史の専門家と位置づけていた。 ★ その歴史はこうだ。もともとイギリスにもアメリカにも税はなく、戦費のために臨時に課されるだけだった。イギリスは一七九九年から一八一六年までナポレオンとの戦いのために、アメリカは一八六一年から一八六五年まで南北戦争のために課税している。恒久化したのは、イギリスが一八七四年、アメリカは一九一三年の合衆国憲法修正第十六条の採択によってである。茶への課税がボストン茶会事件を引き起こし独立戦争の引き金となった国が、である。両国とも恒久的な所得税の導入までにおよそ五十年を要した。 ★ この歴史が語らない点を、リッチ・ダッドは強調した。これらの税は当初、富裕層だけに課された。税とは富裕層を罰するための制度だと説明されたからこそ、貧困層と中流階級が賛成票を投じ、合憲となったのである。ところが実際に罰せられたのは、それを支持した側だった。彼の説明では、政府が金の味を覚えると欲望は膨れ上がる。政府の理想は余剰を持たないことであり、割り当てられた予算を使い切らなければ翌年削られるので、効率的であることが評価されない。ビジネスの側では逆に、余剰と効率が称賛される。 ★ この対比は、二人の父の立場そのものだった。実父は政府の官僚として、お金を使い人を雇うほど組織が大きくなり尊敬される側にいた。リッチ・ダッドは資本家として、雇う人数が少なく使う金が少ないほど投資家に評価される側にいた。実父はジョン・F・ケネディを敬愛し、とりわけ平和部隊の構想を愛して、母とともにマレーシアやタイやフィリピンへ向かうボランティアの訓練に携わり、より多くを雇うための助成金と予算増を求め続けた。町一番の資本家のもとで働いてから著名な政府指導者の家に帰る日々のなかで、どちらを信じるべきかを決めるのは、少年にとって容易ではなかった。 ★ 富裕層が使った抜け道が法人である。その起源は帆船の時代にさかのぼる。富裕層は各航海のリスクを限定する装置として法人を作り、そこへ資金を出した。法人が乗組員を雇って新世界へ船を出す。船が失われれば乗組員は命を落とすが、出資者の損失はその航海に投じた額に限られた。多くの人が気づいていないのは、法人が物ではないという点だ。それは弁護士事務所のファイルに収まり州の機関に登録された法律文書にすぎず、建物でも工場でも人の集まりでもない。魂を持たない法的存在を生むための書類である。 ★ その書類が効くのは、法人の所得税率が個人より低く、一定の経費を税引前のドルで支払えるからだ。順序が違うのである。法人を持つ事業主は、収入を得て、支出し、残ったものに課税される。従業員は、収入を得て、課税され、残ったもので暮らそうとする。著者はこれを富裕層が使う最大の合法的な抜け穴の一つと呼ぶ。自分の法人を持てば、ハワイでの滞在が取締役会になり、車の支払いや保険や修理、フィットネスクラブの会費が法人の経費になり、多くの外食も一部が経費として立つ。加えて法人や信託は訴訟からの防壁になる。富裕層を訴えた者は幾重もの法的保護に突き当たり、その人物が実は何も所有していないことに気づく。彼らはすべてを支配しているが、何も所有していない。貧困層と中流階級はすべてを所有しようとして、政府と訴訟に持っていかれる。 ★ だから、富裕層を罰しようとする試みは空を切る。彼らは従うのではなく反応する。金と権力と変える意志を持ち、優秀な弁護士と会計士を雇い、政治家に働きかけて法律を変えさせ、抜け穴を作らせる。税法が用意している合法的な手段は、実のところ誰でも使える。内国歳入法第千三十一条は、より高価な不動産へ交換していく限り、売却益への課税を先送りできる規定であり、富裕層がこれを見つけるのは、彼らが自分の事業に注意を払っているからにすぎない。使わない人は資産を築く大きな機会を捨てている。今日の平均的なアメリカ人は、税金のために年に四、五ヶ月を政府のために働いている。 ★ リッチ・ダッドが繰り返したのは、知識こそ力だという一点だった。彼に言わせれば、最大のいじめっ子は上司や監督ではなく税務署の人間であり、こちらが許す限りいくらでも取っていく。無知であればいじめられ、法律を知っていれば戦える。彼が優秀な税務会計士と弁護士に高い報酬を払ったのは、政府に払うより安く済むからだ。正しいと知っていれば反撃を恐れない、というのが彼の姿勢だった。実父が「企業の階段を登れ」と勧めたとき、彼はただ笑って、階段のほうを所有すればいい、と言った。当時の著者にはその意味がわからなかったが、十五、六歳の時点で、同級生たちが進む方向へは行かないと決めている。 ★ 助言が腑に落ちたのは二十代半ばだった。海兵隊を出てゼロックスに勤め、よく稼いでいたのに、給与明細を見るたびに落胆した。控除は大きく、働くほど増えていく。昇進と昇給の話は嬉しかったが、耳の奥でリッチ・ダッドが、誰のために働いているのか、誰を豊かにしているのかと問うていた。一九七四年、著者はゼロックスの社員のまま最初の法人を設立する。ハワイは不動産ブームの入り口にあり、彼はブームの初期にいると実感するほど熱心にコピー機を売った。売れば売るほど稼ぎ、控除も増えたが、貯めた分は不動産へ回した。 ★ 一九七八年までに彼は社内でつねに上位五名の営業マンになり、三年と経たないうちに、不動産保有会社からの収入がゼロックスからの収入を追い越した。やがて物件からのキャッシュフローが厚くなり、彼の会社が最初のポルシェを買った。同僚たちは歩合で買ったと思っていたが、歩合はすべて資産に入れていた。資産の欄に入れた一ドルが優秀な従業員となり、その従業員がさらに従業員を生み、税引前のお金で雇い主にポルシェを買った、というのが彼の説明である。この経験から彼が抽出した財務IQは四つの専門領域の相乗効果だ。数字を読む力である会計、お金がお金を生む科学である投資、需要と供給に加えて感情という技術的側面を含む市場の理解、そして税の優遇と保護をもたらす法律である。この四つ目を理解している者とそうでない者の差を、彼は歩いている人と飛んでいる人の違いにたとえている。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン5 裕福な人はお金を創り出す──前へ出るのは賢い人ではなく大胆な人 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 現実の世界で前へ進むのは、賢い人ではなく大胆な人である。著者はこの章を、対照的な二つの光景を並べることから始める。一つはアレクサンダー・グラハム・ベルの逸話だ。電話の特許を取ったばかりの彼は、需要に会社が追いつかず、当時の巨人ウェスタンユニオンに特許ごと十万ドルで買ってほしいと持ちかけた。相手の社長は馬鹿げた値段だと笑って断った。そこから数十億ドル規模の産業が生まれ、AT&Tが誕生する。もう一つは同じ晩に見たニュースで、地元企業の人員削減を報じていた。四十五歳ほどの解雇されたマネージャーが、妻と二人の赤ん坊を工場へ連れてきて、経営者と話をさせてくれと警備員に懇願していた。家を買ったばかりで、それを失うことを恐れていたのである。 ★ 一九八四年から教えてきた著者が繰り返し目にしてきたのは、誰もが途方もない潜在能力と固有の才能を持っているという事実と、それを止めているのが技術的な情報の不足ではなく自己信頼の欠如だという事実である。彼はこの要素が、勇気、胆力、度胸、大胆さ、狡猾さ、執念など様々な名で呼ばれるのを聞いてきた。何と呼ぼうと、それは学校の成績よりはるかに強く個人の未来を決める。海兵隊のパイロットとしてベトナムで過ごした一年は、自分の中に大胆な人格と、必要なら膝をついて懇願する人格の両方が同居していることを彼に教えた。教師として最も胸が痛むのは、答えを知っているのにその答えに基づいて動く勇気を欠いた学生を見るときだという。 ★ なぜ財務IQを高めるのか。著者の答えは、選択肢を増やすためだ、というものである。富の所在は移動してきた。三百年前は土地であり、土地を持つ者が富を持っていた。次に工場と生産に移り、アメリカが優位を確立した。今日それは情報にあり、最も適時な情報を持つ者が富を持つ。厄介なのは、情報が光の速さで世界を巡り、土地や工場と違って国境に縛られないことだ。変化は速く劇的になり、新しい億万長者が急増する一方で取り残される人も増える。取り残される人々の最大の負債は、古い考えである。昨日はその考えが資産だったとしても、昨日はもう過ぎ去った。 ★ この構図を体感させるために著者が作ったのが、ボードゲームのキャッシュフローだった。プレイヤーは損益計算書と貸借対照表のあいだを現金がどう動くかを学び、資産の欄からのキャッシュフローが月々の支出を超えたときにラットレースを抜けてファストトラックへ移る。ある回に参加した女性は、離婚で大きな痛手を負ったばかりで答えを探していた。序盤でボートのカードを引いた彼女は最初喜んだが、数字の仕組みが飲み込めた瞬間、そのボートが自分を食っていることに気づく。終盤ではリストラされ、しかも子供がいた。彼女にとって最悪のゲームだった。授業のあと、彼女は下らないゲームに時間を取られたと不満を述べ、ゲームがあなた自身を映しているのではという友人の示唆に、そんな考えは馬鹿げていると返して返金を求め、去っていった。 ★ 後日談がある。落ち着いた彼女は、ゲームと自分の人生のあいだにわずかな関係を認めた。夫婦はボートこそ持たなかったが、他のものは何でも持っていた。夫は若い女性と去り、二十年の結婚生活で蓄えられていたのは分けるに値しない物ばかりだった。二十年は楽しかったが、残ったのは無駄な持ち物だけである。そして彼女は、自分の怒りの正体が、損益計算書も貸借対照表も読めないという恥ずかしさだったことに気づいた。財務は男の仕事だと信じ、家を守り客をもてなし、お金の管理は夫に委ねていた。最後の五年間、夫が自分に隠して金を持っていたと彼女は確信している。腹が立ったのは夫にではなく、お金の行方にも他の女性にも注意を払わなかった自分にだった。 ★ ゲームが強力なのは、それが即時フィードバックの装置だからだ。教師が一般論を講義する代わりに、ゲームはその人だけのために作られた講義を返してくる。現実の世界も同じように、常にフィードバックを送ってきている。著者はあるとき、クリーニング屋がズボンを縮めたと妻にこぼした。妻は微笑んで彼の腹を軽くつついた。縮んだのではなく、膨らんだものが別にあったのである。 ★ プレイヤーの振る舞いは、そのまま現実の縮図になる。正しい機会カードが来ないと不満を言って座り続ける人がいる。カードは引いたのに手元の資金が足りず、もっとお金があればと嘆いて座り続ける人がいる。そして最も多いのが、絶好の機会カードを引き、それを声に出して読み上げてなお、それが機会だと気づかない人である。彼らは金もタイミングもカードも持っているのに、目の前を素通りさせ、一年後に他人が豊かになってから気づく。著者の高校時代の友人は、かつて同級生で最も裕福だったが、地元の砂糖プランテーションが閉鎖されて勤め先も倒れた。彼の頭にあった選択肢は一つ、もっと働くことだけだった。前職の勤続年数を認めてくれる仕事は見つからず、資格が過剰だとして低い賃金に甘んじ、いまは三つの仕事を掛け持ちしている。 ★ 著者の言う金融の知性とは、要するに選択肢の数のことである。機会が来ないなら財務状況を改善するために他に何ができるか、機会が来たのに金がなく銀行も相手にしないならどうその機会を活かすか、直感が外れたときにそのレモンをどうやって百万ドルに変えるか。ほとんどの人が知っている解は一つしかない。一生懸命働き、貯め、借りる。運は待つものではなく創るものだ、というのが彼の立場である。何か良いことが起きるのを待つのは、五マイル先まですべての信号が青になるのを確かめてから出発しようとするようなものだ。 ★ リッチ・ダッドがマイクと著者に繰り返したのは、お金は本物ではないという命題だった。本物だと思うほど、人はそのために懸命に働く。ではお金とは何かと尋ねると、私たちがそれと認めたものだ、としか彼は答えなかった。最も強力な資産は心であり、よく訓練されていれば瞬時に莫大な富を生み、訓練されていなければ何世代も家族を覆う貧困を生む。情報の時代には、何もないところからアイデアと合意だけで富が立ち上がる。取引所の手信号、トロントのトレーダーの情報がリスボンの画面に映る瞬間、ブローカーへの電話。お金は手渡されていない。交わされたのは合意だけである。 ★ その具体例として著者が挙げるのが、一九九〇年代初頭のアリゾナ州フェニックスでの取引だ。当時の経済は最悪で、テレビに出たファイナンシャルプランナーは毎月百ドル貯めれば四十年後に億万長者になれると説いていた。だが一九七〇年代には定期預金が二桁の金利を生んだのに対し、いまやマイナス金利が現れ、銀行が預金者に手数料を課す時代である。著者は貯めるのではなく投資していた。十万ドルだった家が七万五千ドルになっていたが、彼が向かったのは不動産業者ではなく破産弁護士の事務所と裁判所の階段で、そこでは同じ家が二万ドル以下で買えることもあった。 ★ 手順はこうだった。友人から九十日で二千ドルを借り、利息二百ドルを約束して、弁護士に頭金の小切手を渡す。所有権の手続きが進むあいだに、七万五千ドルの家を頭金なしの六万ドルで売るという広告を出す。電話は鳴りやまなかった。物件が法的に自分のものになった時点で見込み客に見せると、家は数分で売れた。手数料二千五百ドルを請求すると買い手は喜んで払い、あとはエスクローとタイトル会社が引き継ぐ。友人には二千二百ドルを返した。差額の四万ドルは、買い手が振り出した約束手形という形で資産の欄に生まれた。総作業時間は五時間である。 ★ この四万ドルは課税されずに創造され、金利十パーセントで年四千ドルのキャッシュフローを収入に足す。著者と妻はこの不景気のあいだに同種の取引を六件行い、十九万ドル以上の手形を資産の欄に積んだ。年間およそ一万九千ドルの収入であり、その多くは自分たちの法人を通じて、社用車、ガソリン、旅費、保険、顧客との会食といった税引前の経費に充てられる。政府が課税する段になったときには、合法的な経費としてすでに使われている。買い手が払えなくなったらどうするのかとよく聞かれるが、それは彼に言わせれば良い知らせだ。六万ドルの家が戻ってきて七万ドルで売り直せ、手数料をもう一度受け取れる。新しい買い手にとってはゼロダウンの取引であり、同じ過程がまた回り出す。最初の取引で借金は返してあるので、自己資金は入っておらず、投資収益率は無限大になる。 ★ 著者はこの三十年で三度の大きな崩壊を数えている。一九八九年から九〇年の不動産、二〇〇一年から二〇〇二年のドットコム、二〇〇八年から二〇〇九年の住宅バブルである。そのすべてがお金を創る機会だった。数年後、六万ドルで売った家は十一万ドルの値をつけ、差し押さえ物件は減り、わずかな出物を数千人が奪い合うようになった。市場が変わったのだから、次の機会を探す時である。彼はここで、この方法が読者の地域で通じるとは限らないと断りつつ、必要なのは代数でも微積分でもない単純な算数と常識だと言う。理解できないほど複雑な案件には、彼自身も手を出さない。 ★ 規模を大きくしていく過程も、同じ原理の反復だった。一九八九年、著者はオレゴン州ポートランドの住宅街をジョギングしていて、一年以上売れ残った看板の前で困り顔の所有者に出会う。三十分後、彼は希望価格より二万ドル安く、その家を買った。一九三〇年築の二寝室、淡い青に灰色のアクセント、窓には装飾が施され、石の暖炉があった。実勢六万五千ドルの家を四万五千ドル、頭金五千ドルである。最初の借り手は地元の大学教授で、諸経費を引いた手残りは月四十ドルにすぎなかった。一年後、カリフォルニアの投資家が北上して買い漁り始めると、彼はこれを九万五千ドルで売り、約四万ドルの利益を1031交換に入れた。 ★ 次に見つけたのが、インテルの工場に隣接するオレゴン州ビーバートンの十二戸のアパートである。所有者はドイツに住んでいて価値をまるで把握しておらず、ただ手放したがっていた。四十五万ドルの建物に二十七万五千ドルを提示し、三十万ドルで合意した。二年保有したのち同じ1031で四十九万五千ドルで売り、フェニックスの三十戸のアパートに乗り換える。価格は八十七万五千ドル、頭金二十二万五千ドル、キャッシュフローは月五千ドル強だった。数年後、コロラドの投資家がこの物件に百二十万ドルを提示してきた。彼の哲学は、資産の欄に種を蒔くことである。数百万ドルの規模になった彼らの不動産法人も、頭金のほとんどは五千から一万ドルの小さな種から始まっている。 ★ 株式のほうは、著者が個人の投資信託と呼ぶポートフォリオだ。上場直前の投機的な未公開会社を、たとえば一株二十五セントで十万株買う。半年後に上場して一株二ドルになり、経営がうまくいけば二十ドルを超えることもある。二万五千ドルが一年足らずで百万ドルになった年もあった。ただし彼はこれを推奨しない。自分が何をしているかわかっていればギャンブルではないが、金を投じて祈るだけならギャンブルである、というのが線引きだ。だから彼は、株や不動産に投資する前に財務教育に投資しろと勧める。リスクは常にあるが、同じ案件でも知性の水準によってリスクの大きさは変わる。安全な投資の問題は、安全にしすぎた結果として実りが乏しくなることだ。本当に良い案件が初心者に回ってこないのは、洗練されていない相手に投機的な取引を持ち込むことが技術的に違法だからでもある。 ★ 著者は投資家を二種類に分ける。一つはパッケージ化された商品を買う人で、証券会社や不動産会社やファイナンシャルプランナーに電話をかけ、投資信託やREITや株や債券を買う。店の棚からコンピュータを買う客に似ている。もう一つは投資そのものを組み立てる人で、部品からコンピュータを組む側に当たる。リッチ・ダッドが勧めたのは後者だった。この第二の型に必要なスキルは三つある。第一が、他の誰もが見落とした機会を見つけること。著者の友人は不気味な古家を買って周囲を訝しがらせたが、登記を調べて空き地が四つ付いていることを掴んでいた。家を壊して五区画を建設業者に売り、支払った額の三倍を得た。二ヶ月で七万五千ドルである。 ★ 第二が資金を調達すること。多くの人は銀行に断られた時点で、あるいは買う金がないという理由で取引を諦める。著者はこの障害を越える技術こそが価値だと言い、自分は銀行に一セントも持たずに家や株やアパートを買ってきたと書く。百二十万ドルのアパートを二百万ドルの価値だと見て契約を結び、十万ドルの保証金を調達したうえで残りに九十日の猶予を取ったことがある。結局その資金は集めなかった。十万ドルを出した人物が五万ドルを彼に払って取引ごと引き継いだからだ。作業時間は三日だった。第三が、自分より賢い人々を集めて組織すること。彼の結論は簡潔である。投資とは買うことではなく知っていることであり、知っていることが最大の資産で、知らないことが最大のリスクだ。だからリスクは避けるものではなく、管理するものになる。 ★ 最後に著者は、楽しむことを忘れるなと付け加える。ほとんどの人が豊かになれない最大の理由は、失うことを恐れているからだ。学校では間違いが悪とされ罰せられるが、人は間違いによって学ぶ。歩けるようになるには転ばなければならず、自転車に乗れるようになった彼の膝には今も傷が残っている。勝者は負けを恐れず、敗者は恐れる。失敗を避ける人は、同時に成功も避けている。彼はお金をテニスの試合のように扱う。懸命に打ち、間違え、直し、また間違え、また直して上達する。負けたらネットを越えて相手と握手し、また次の土曜日に、と言えばいい。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン6 学ぶために働け──専門化という閉じ込め ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 実父にとってすべては職の安定だったが、リッチ・ダッドにとってすべては学ぶことだった。この差がどう現れるかを、著者はシンガポールでの一件で示す。取材に来た若い女性記者は、文章に力があり明快で、著者も感心していた。彼女はいつかベストセラー作家になりたいと打ち明けた。小説は誰もが素晴らしいと言うのに何も起こらず、生活のために新聞社に勤め続けている。助言を求められた著者は、知人が運営する営業訓練の学校を勧めた。 ★ 彼女は硬直した。自分は英文学の修士号を持ち、営業をしなくて済むように専門教育を受けたのだ、営業マンは大嫌いだ、彼らが欲しいのは金だけだ、と。取材は打ち切られようとしていた。著者はテーブルの上の自著と、彼女のメモ帳を指した。そこには「ロバート・キヨサキ、ベストセラー作家」と書かれていた。彼が指摘したのは一点である。そこには最も売れる作家とは書いてあるが、最も上手い作家とは書いていない。自分は下手な書き手で営業学校に行った、あなたは優れた書き手で修士号を持っている、と。彼女は怒って、そんな低い水準まで堕ちて売り方を学ぶつもりはない、あなたのような人間に書く資格はないと言い残し、湿ったシンガポールの朝へ出ていった。ただし翌朝の記事は、公正で好意的なものだった。 ★ 著者の周りには、才能があるのに稼げていない人がいくらでもいる。車の不調で入った修理工場の若い整備士は、エンジンの音を聞いただけで原因を言い当て、数分で直した。年収二万ドルに満たない優秀で高学歴な人にも会ってきた。医療業界を専門とするコンサルタントは、どれほど多くの医師や歯科医やカイロプラクターが経済的に苦しんでいるかを彼に教え、こう表現した。彼らは大きな富まであと一つのスキルしか離れていない、と。もう一つのスキルを学んで身につけるだけで、収入は跳ね上がる。ところがお金に関して大半の人が知っている唯一のスキルは、一生懸命働くことである。 ★ だから著者は、あの記者ならこうすると具体的に述べる。広告コピーライティングか営業のコースを受け、新聞社ではなく広告代理店の職を探す。給料が下がってもかまわない。そこで、成功した広告が使う短い伝え方を身につけ、広報という重要な技術を学び、無料の宣伝を大量に獲得する方法を覚える。小説は夜と週末に書けばよく、書き上がったときには自分で売れる。彼自身、最初の本を出すとき、出版社から穏当な題名への変更を提案されたが断っている。その題名では家族と親友に一冊ずつしか売れないうえ、その二人はただでくれると期待するからだ。物議を醸す題名を選んだのは、テレビとラジオに呼ばれるとわかっていたからで、実際その本は売れに売れた。 ★ 彼が教育を敵視しているわけではない。むしろ改革を求めているからこそ言うのだが、ほとんどの教師には実社会の経験が欠けている。教えている内容を自分で実践し、間違え、そこから学び、また実践し続けた人ではないのだ。学校が教えるのは読むことと暗記であり、学んだことを応用する経験ではない。著者と妻は年に数回アドバイザーと集まり、一緒に読む本を選んで学び合っている。議論と協働は、学習の円錐が示すとおり、極めて効率のよい学び方だからである。 ★ 彼自身の職歴は、この方針の実演になっている。一九六九年に商船学校を卒業し、スタンダードオイル・オブ・カリフォルニアのタンカー隊に三等航海士として雇われた。初任給は残業込みで年四万二千ドルほど、七ヶ月働いて五ヶ月が休暇である。ベトナム航路に移れば倍にすることもできた。ところが六ヶ月で辞め、飛行を学ぶために海兵隊へ入った。実父は打ちひしがれ、リッチ・ダッドは祝福した。 ★ 背景にあるのは、専門化をめぐる正反対の助言だった。学校も職場も、稼ぐには専門分野を持てと教える。医師は整形外科や小児科へ進み、会計士も建築家も弁護士もパイロットも同じ道をたどる。実父も博士号を取ったとき大いに喜んだ人で、学校とは、ますます狭い領域についてますます多くを学ぶ者に報いる場所だと自ら認めていた。リッチ・ダッドの助言は逆で、多くのことを少しずつ知れ、というものだった。だから著者は彼の会社の会計部門で働き、バスボーイをやり、建設現場に出て、営業も予約もマーケティングも経験した。会計士になれるはずもないが、専門用語と、何が重要で何がそうでないかを浸透によって学ぶことが目的だった。 ★ 学校で学んでいた内容の理解も、二人の父で食い違っていた。実父は息子が船の士官になるために学んでいると思っていたが、リッチ・ダッドは国際貿易を学んでいると理解していた。しかも彼は、ヨーロッパではなく太平洋に留まれと強調した。アジアに新興国があると知っていたからである。同級生の多くが寮でパーティーをしていたあいだ、著者は日本、台湾、タイ、シンガポール、香港、ベトナム、韓国、タヒチ、サモア、フィリピンの貿易と人と商習慣と文化を見て回っていた。海兵隊に入った本当の理由も飛行ではなく、部隊を率いることを学ぶためだった。リッチ・ダッドは軍隊で三年を過ごしており、会社経営で最も難しいのは人の管理だと知っていた。良いリーダーでなければ、ビジネスでも背中を撃たれる、というのが彼の言い方である。 ★ 一九七三年にベトナムから戻った著者は、飛ぶことが好きだったにもかかわらず任を辞し、ゼロックスに入った。理由はただ一つ、全米でも有数の営業訓練プログラムがあったからだ。内気な彼にとって、営業ほど恐ろしいものはなかった。四年かけて、扉を叩いて断られる恐怖を克服し、社内で常に上位に入るようになると、彼はまた辞めた。一九七七年に立ち上げた最初の会社が扱ったのは、ナイロンとベルクロの財布である。極東で製造し、かつて学んだニューヨークの倉庫へ送った。最初の貨物が韓国を出たのは、彼の三十歳の誕生日の前夜だった。リッチ・ダッドは、破産するなら三十前がいいと考えていた。回復する時間がまだあるからである。 ★ 仕事という言葉について、著者は破産すれすれの略語だという古い言い回しを引く。何百万人にも当てはまってしまうのが残念だ、と。学校が金融の知識を知性と見なさないため、大半の働き手は稼いだ範囲で暮らし、働いて請求書を払う。そこへ、労働者は解雇されない程度に働き、経営者は労働者が辞めない程度にしか払わないという身も蓋もない見方が重なる。だから彼は若い人に、得られる報酬ではなく学べる内容で仕事を選べと勧める。職業を決める前に、どの技能を身につけたいのかを考えよ、ということだ。そして師を選ぶなら、自分がやりたいことを実際に成し遂げた人を選べ、とも言う。 ★ そうしないとどうなるかを、彼は回し車のハムスターにたとえる。小さな足は必死に動き、車輪は激しく回るが、翌朝には同じ檻の中にいる。映画『ジェリー・マグワイア』で最も真実味があるのは有名な台詞ではなく、解雇された主人公が全社に向かって誰か一緒に来ないかと呼びかけたときの場面だという。凍りついた沈黙のあと、一人の女性が、行きたいけれど三ヶ月後に昇進の予定があると答える。人が自分を忙しくさせておくために使う言葉であり、請求書を払い続けるために働く理由である。実父は毎年昇給を心待ちにしては失望し、さらに資格を得るために学校へ戻り、また失望した。 ★ その先に何が待っているのかについて、著者はクレイグ・S・カーペルの『退職の神話』の一節を紹介する。大手年金コンサルティング会社を訪ねた著者が、幹部向けの豪華な退職プランを設計する担当者に、そうでない人々は何を期待できるのかと尋ねると、返ってきたのは銀の弾丸という言葉だった。意味を問うと、彼女は肩をすくめて、老後に金が足りないと気づいたら自ら命を絶つこともできる、と答えたという。高齢のアメリカ人の最大の恐怖は、お金が尽きることである。年金は確定給付型から確定拠出型へ移り、受け取れる総額に上限が付いた。医療費と長期介護を加えれば事態はさらに重い。社会主義的な医療制度を持つ国の病院はすでに、誰を生かし誰を諦めるかを、資金と年齢で決めている。高齢で貧しい患者は列の後ろへ回される。アメリカでの破産の大半が制御不能な医療費に起因するという点でも、研究はおおむね一致している。 ★ 対処法として著者が勧めるのは、長い時間軸で人生を見て、第二の技能を学ぶための副業を持つことだ。営業を学びたいなら、訓練プログラムの優れたネットワークマーケティングの会社に加わるのも手だと言う。失敗と拒絶への恐怖を克服できないことが、人が成功しない主な理由の一つだからである。面倒すぎると返されたときには、では一生かけて稼ぎの半分を政府に渡す仕事を続けたいのかと問い返す。興味のあることしかやりたくないと言われたときには、自分はジムに行くこと自体には興味がないが、気分よく長く生きたいから行くと答える。人生はジムに似ていて、最も辛いのは行くと決める瞬間であり、動き出せば楽しく、終われば行ってよかったと思う。 ★ それでも新しい技能を学ばず一つの分野を極めると決めるなら、労働組合のある会社にいることだ、というのが彼の現実的な助言である。組合は専門家を守るために設計されている。実父は知事との関係が壊れたあと、ハワイの教師組合のトップになり、それが人生で最も難しい仕事だったと語った。リッチ・ダッドは逆に、組合が近づくたびに撃退し続けた。著者はどちらの側にも立たない。両方に必要と利点が見えるからだ。ただし専門化の危うさは冷静に指摘する。重量貨物で十万時間を飛び年収十五万ドルのベテラン操縦士が、学校で同等の待遇の職を得るのは難しい。航空業界で価値のある技能が、教育の世界で価値を持つとは限らないのである。全米教育協会が最大かつ最も裕福な労働組合であり強い政治力を持つのも、教師の技能が他の産業では限られた価値しか持たないからだ。 ★ 専門技能と事業の差を示すために、著者は授業でこう尋ねる。マクドナルドより美味しいハンバーガーを作れる人はどれくらいいますか。ほとんどの手が挙がる。ではなぜマクドナルドのほうが稼いでいるのか。答えは、マクドナルドが優れているのはハンバーガーではなくビジネスの仕組みだからである。才能ある人が貧しいのは、より良いハンバーガーを作ることに集中し、売り届ける仕組みをおろそかにするからだ。ハワイの友人である優れたアーティストは、母の遺産から三万五千ドルを受け取り、それで富裕層向けの高級誌に四色一頁の広告を三ヶ月出した。反応はまったくなく、遺産は消えた。彼はいま誤表示だとしてその雑誌を訴えたがっている。何を学んだかと問われた彼の答えは、広告の営業マンは詐欺師だ、というものだった。営業やダイレクトマーケティングの講座を受ける気はあるかと聞くと、時間がないし金を無駄にしたくない、と返ってきた。 ★ 実父が息子に専門性を求め続けたのは、それが報酬を増やす道だと信じていたからだ。だが彼自身の人生では、その戦略が働かなかった。専門化が進むほど、その分野に縛られ依存する。給与は上がったが選択肢は減り、州政府の職から締め出されたとき、自分の職業的な脆さを知ることになる。怪我をして、あるいは年齢でプレーできなくなったプロ選手に近い。組合への強い支持は、そこから来たのだろうと著者は見ている。リッチ・ダッドが二人に勧めたのは反対に、自分より賢い人々と働き、賢い人々を集めてチームにすることだった。企業も同じことをしている。優秀な新卒を採り、特定の部門に留めず異動させて仕組みの全側面を学ばせ、いずれ会社を任せる。第二次世界大戦の世代には会社を渡り歩くのは悪徳とされたが、いまは賢明とされる。 ★ 彼が挙げる経営の要点は、キャッシュフローの管理、仕組みの管理、人の管理の三つである。そして最も重要な専門技能は営業とマーケティングだと言い切る。顧客にも従業員にも上司にも配偶者にも子供にも、伝える力が個人の成功の土台になる。文章、話し方、交渉といった伝達の技能を、彼はいまも講座や教材で磨き続けている。リッチ・ダッドの助言者であり友人でもあるブレア・シンガーは、三十年にわたって彼に、営業とは収入そのものだと叩き込んできた。この技能が多くの人にとって難しいのは、拒絶される恐怖のためだ。著者には、他人とうまく意思疎通できないために悲惨な収入に甘んじている天才の友人が何人もいる。彼が勧めるのは、一年間営業を学ぶことである。一円も稼げなくても、伝える力が上がるだけで価値がある。 ★ 最後に置かれるのは、与えることについての観察だ。本当に豊かになるには、与えることと受け取ることの両方ができなければならない。経済的あるいは職業的に行き詰まっている人には、たいていどちらかが欠けている。二人の父はともに寛大で、教えることが彼らの与え方だった。ただしお金の与え方は違った。リッチ・ダッドは教会にも慈善団体にも自身の財団にも寄付し、受け取るためには与えなければならないと知っていた。ロックフェラー財団やフォード財団のような組織が存在するのは、それが富を増やし与え続けるように設計されているからだ。実父の口癖は、余分なお金ができたら寄付するというものだったが、余分なお金は一度もできなかった。与えれば受け取るという順序ではなく、受け取ってから与えるという順序を信じていたのである。著者は自分の中に二人の父の両方がいると言う。金を稼ぐゲームを愛する筋金入りの資本主義者と、富める者と貧しい者の広がる格差を深く憂う、社会的責任を負った教師である。そしてその格差の主因を、彼は古びた教育制度に見ている。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン7 金融リテラシーを得た人が、それでも進めない五つの理由 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 数字が読めるようになっても、資産の欄が育たない人がいる。著者はその原因を五つに絞る。恐怖、皮肉、怠惰、悪い習慣、そして傲慢である。知識の問題はすでに片付いており、ここから先は態度の問題だという整理になっている。 ★ 第一の恐怖について、彼は事実から入る。お金を失うのが好きな人には会ったことがないし、一度も失ったことのない裕福な人にも会ったことがない。ただし、投資で一銭も失ったことのない貧しい人になら大勢会ってきた。損失への恐怖は誰にでもあり、裕福な人にもある。差が生まれるのは、恐怖の有無ではなく扱い方だ。友人の妻は救急病棟の看護師で、血を見れば即座に動くが、投資の話になると逃げ出す。著者のほうは血を見ると気を失う。リッチ・ダッドの言い方では、蛇を恐れる人がいて、お金を失うことを恐れる人がいる、どちらも同じ恐怖症である。 ★ 彼が挙げた処方箋の一つは、時間を味方につけることだった。危険も心配も嫌なら、とにかく早く始めろ、という単純な韻である。二十歳で投資を始める人と三十歳で始める人のあいだには驚くべき差が生まれる。著者はその極端な例として、マンハッタン島が二十四ドル相当の小物とビーズで買われたという逸話を引く。史上最良の買い物と言われるが、もしその二十四ドルを年利八パーセントで回していたら、一九九五年には二百八十兆ドルを超えていた計算になる。 ★ とはいえ、残り時間が少ない人はどうするのか。実父はこの問題を避け、話題にすることさえ拒んだ。リッチ・ダッドが勧めたのは、テキサス人のように考えることだった。テキサスでは何もかもが大きい。勝つときは大勝ちし、負けるときは壮絶に負ける。彼が愛したのは、勝ったときに誇り、負けたときにそれを自慢するという態度である。破産するなら大きく破産しろ、二世帯住宅で破産したとは認めたくないだろう、という言い回しがあるという。彼が対比させたのは、お金についてゴキブリのように生き、誰かに明かりを当てられるのを恐れ、店員に二十五セント多く取られたと泣き言を言う生き方だった。 ★ その態度を学ぶ場所として彼が挙げたのがアラモである。勝ち目がないと知りながら戦い、降伏せずに死を選んだ人々の物語だ。軍事的には惨敗にほかならない。それでもテキサス人は今も、アラモを忘れるな、と叫ぶ。彼らは失敗を埋めず、そこから鼓舞され、集結の合図に変える。著者はこの構図をほかの例にも見る。ジョン・D・ロックフェラーは、あらゆる災厄を機会に変えようと努めてきたと語った。日系アメリカ人である著者は、真珠湾についてもこう言う。あれをアメリカの失策と呼ぶ人は多いが、自分は日本の失策だと考える。眠れる巨人を起こしてしまったようだ、という映画の台詞のとおり、忘れるなという合言葉は最大の損失を勝利の理由へ転換した。 ★ つまり勝者にとって、失敗は鼓舞するものであり、敗者にとっては打ちのめすものである。リッチ・ダッドが大きな取引の前に何度もアラモの話をしたのは、金銭的な損失を常に勝利に変えられると自分に言い聞かせるためだった。ここで著者は、負けるのを嫌うことと、負けるのを恐れることの違いを強調する。NFLの名クォーターバック、フラン・ターケントンの言葉を借りれば、勝つとは負けを恐れないことだ。彼らが恐れないのは、自分が何者かを知っており、負けが自分をより良くすると知っているからである。 ★ 多くの人が経済的に苦しむのは、勝つためではなく負けないためにプレーしているからだ、というのが彼の診断である。ファイナンシャルプランナーや会計士や証券会社のところへ行き、定期預金と低利回りの債券と投資信託と少しの個別株からなる均衡の取れた資産構成を買う。安全で理にかなってはいるが、勝つための構成ではない。著者はそれが七割の人々よりましだと認めたうえで、成功した投資家のやり方ではないと言う。手持ちが少ないうちに豊かになりたいなら、均衡ではなく集中が要る。均衡の取れた人はどこへも行かない。前へ進むには、まず不均衡にならなければならない。歩くという動作がそもそもそうである。 ★ 彼が並べる名前は、その主張の裏づけだ。エジソンは均衡していなかった。ビル・ゲイツも均衡していなかった。彼らは集中していた。ジョージ・パットンは戦車を広げずに集中させてドイツ軍の弱点を突き、フランスはマジノ線に沿って広がってどうなったかは周知のとおりである。貧しい人と中流階級がやること、つまり少ない卵を多くの籠に分けることを真似するな、というのが結論になる。少数の籠に多くの卵を入れ、成功するまで一つの道を進み続けること。彼はこれを、頭文字を並べた合言葉として示している。 ★ ただし著者は、全員にこれを勧めるわけではない。負けることが自分を弱くするなら安全にやるべきだし、二十五歳を過ぎてリスクが恐ろしいなら無理に変わらなくていい。安全に、早く始めて資産を積めばよい。自由への夢がある人だけが、最初に自問すべきなのは、自分は失敗にどう反応するか、という問いである。失敗が勝つ気を起こさせるなら挑む価値があるかもしれない。失敗が自分を弱らせ、思いどおりにならないたびに弁護士を呼びたくなるような感情を起こすなら、昼の仕事を続けるほうがいい。ただしその債券や投資信託にも、安全に見えて相応の危険はある。 ★ 第二の障害は皮肉である。自分の疑念と周囲の疑念が行動を止める。著者の友人は投資用のコンドミニアムを破格で買う直前まで進んでいたのに、投資家でもない隣人が悪い取引だと言ったせいで土壇場で降りた。そのまま進んでいれば投資を倍にしてラットレースを抜けられたはずだった。著者自身は定期預金の代わりに税担保証書を持ち、最低でも十六パーセントの利回りを求めるが、周囲はやめておけと言う。彼らはそれをやったことがないのに、やっている人間に理由を説く。疑いは高くつくのである。リッチ・ダッドの言葉では、皮肉屋は批判し、勝者は分析する。不動産の話をすると、著者はしばしばトイレの修理はしたくないという反応を受け取る。トイレに焦点を合わせていることが、その人を貧しいままにしている。 ★ 第三の怠惰は、意外な顔で現れる。最もありふれた形は、忙しさだ。自分の資産にも健康にも人間関係にも手が回らないほど忙しい、という状態である。処方箋は少しの欲望だ、と彼は言う。欲や貪欲を悪いものと教わって育った人には耳の痛い話だが、要は言葉を変えることである。お金がない、と言う代わりに、どうすればお金を工面できるか、と問う。前者は嘘であり、何かができないと宣言することで、可能性を知っている精神と怠惰な心のあいだに対立を生む。後者は脳を開き、解決策を考えさせる。著者がラットレースを抜けると決めたときに立てた問いは、どうすれば二度と働かずに済むか、というものだった。心は次々に答えを出し始めたが、最も難しかったのは、その欲望を抑え込もうとする古い教えと戦うことだった。世界が進歩するのは、より良いものを求めるからである。 ★ 第四は悪い習慣である。実父はいつも他人に先に支払い、自分には最後に残そうとした。そして、たいてい残らなかった。リッチ・ダッドは順序を逆にし、金が足りないときでもまず自分に支払った。無責任に見えるが、彼の計算は違う。債権者と政府は支払われなければ騒ぐ。その圧力が、追加の収入源を探させるのだ。自分に最後に支払う人は、その生産的な圧力を感じないまま終わる。どうやって払う金を作るかを考え続けたことが、彼を財務的に強くした。 ★ 第五が傲慢である。リッチ・ダッドは、自分が傲慢だったときにはいつも損をしたと語っていた。自分の知らないことは重要ではない、と思い込んでいたからだ。多くの人は、無知を隠すために傲慢さを使う。著者は会計士や他の投資家との議論で、相手が議論を切り抜けようとしながら、実際には何を話しているのかわかっていない場面を何度も見てきた。彼の結論は穏当だ。無知そのものは悪ではない。自分が無知だと気づいた領域について、その分野の専門家から学べばよいのである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■ ■■レッスン8 眠っている財務の才能を起こす十の手順 ■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 著者はペルーで、四十五歳の金鉱採掘者に、なぜそれほど自信をもって金脈を見つけられるのかと尋ねたことがある。返ってきた答えは、金はどこにでもある、ほとんどの人はそれを見る訓練を受けていないだけだ、というものだった。彼は不動産でも同じことが起きていると言う。一日歩けば四、五件の有望な案件が見つかるのに、同じ地域を探した平均的な人は何も見つけられない。差は土地ではなく、才能を育てる時間をかけたかどうかにある。本書の最終章は、その眠っている才能を起こすための十の手順として構成されている。 ★ 第一が、現実よりも大きな理由を持つことである。豊かになりたいかと問えばほぼ全員がうなずくが、道のりの長さを前にすると、稼いだ余りをブローカーに渡すほうが楽になる。著者が引くのは、オリンピック代表を目指していた若い水泳選手の例だ。毎朝四時に起きて三時間泳ぎ、それから学校へ行き、土曜の夜も遊ばず、成績も落とさない。何がそれを支えるのかと問われた彼女は、自分と愛する人のためにやっている、その愛が自分にハードルを越えさせ犠牲を払わせるのだ、と答えた。 ★ 著者自身の理由は、欲しくないものと欲しいものの組み合わせだという。欲しくないのは、一生働き続けること、両親が望んだ職の安定と郊外の家、従業員でいること、父がキャリアに追われて息子のサッカーの試合に来られなかったこと、そして父が生涯かけて築いたものを死後に政府がほとんど持っていき、子供に何も残せなかったことである。欲しいのは、若いうちに世界を自由に旅すること、自分の時間と人生を自分で握ること、お金に働いてもらうことだ。彼は四十歳で自由になるつもりが四十七歳までかかり、何度も損を出して後退した。それでも立ち上がれたのは、この感情的な理由が現実より大きかったからだと書く。理由が弱いなら、この先を読んでも仕方がない、と彼は率直に言う。 ★ 第二が、日々の選択である。手にする一ドルごとに、豊かになるか貧しくなるか中流でいるかを選んでいる。支出の習慣はその人自身を映す。著者の子供時代の利点は、モノポリーを子供の遊びだと誰にも言われなかったことで、大人になっても続けた。多くの富裕な家系が次の世代で資産を失うのは、管理の訓練を受けた人がいなかったからである。そして人口の九割にとって、豊かになることは面倒すぎる。だから、お金には興味がない、まだ若い、稼いでから将来を考える、財務は配偶者が見ている、といった言葉が生まれる。この種の言葉は二つのものを奪う。最も貴重な資産である時間と、学びである。 ★ だからまず教育に投資しろ、というのが彼の主張だ。友人のアパートに泥棒が入ったとき、盗まれたのは電子機器で、本はすべて残されていた。九割の人がテレビを買い、ビジネス書を買うのは一割ほどである。著者は毎年少なくとも二回、二日以上のセミナーに出る。一九七三年にテレビ広告で見た三日間の不動産講座に三百八十五ドルを払い、それが少なくとも二百万ドルを生み、働かずに生きられる人生をくれた。音声教材を好むのは繰り返し聴けるからで、まったく賛成できない投資家の五分間を二十回以上聴き直したこともある。傲慢に退けず開いたままでいたおかげで、彼がなぜそう言うのかが理解でき、同じ問題を二通りに分析できるようになった。以来、著者はトランプならどうするか、バフェットやソロスならどうするかと考える。彼らの思考にアクセスする唯一の方法は、読むか聴くかについて謙虚でいることだ、と。知性と傲慢が組み合わさると無知になる。耳が二つで口が一つなのは、聴くほうが重要だからである。 ★ 第三が、友人を慎重に選ぶことだ。彼は財務諸表で友人を選ばない。清貧を誓った友人もいれば年に何百万も稼ぐ友人もいて、どちらからも学ぶ。ただし裕福な友人はお金の話をする。自慢のためではなく、その話題に関心があるからだ。困窮している友人はその話を避け、失礼だとか知的でないと感じる。だから著者は彼らからは、何をしてはいけないかを学ぶ。十億ドル以上を築いた三人の友人が同じ現象を報告している。金のない友人たちは、どうやって成功したのかを尋ねてこない。求めてくるのは借金か仕事か、その両方である。 ★ 彼が警戒を促すのは、恐れている人の声だ。空が落ちてくると言い続けるチキン・リトルたちは、うまくいかない理由をいつでも説明できる。ある友人は六パーセントの定期預金を見つけて興奮していた。著者が州から十六パーセントを得ていると伝えると、翌日その投資が危険だという記事を送ってきた。著者は何年も十六パーセントを得続け、彼はいまも六パーセントである。群衆は良い取引に遅れて来る。一面に載るころにはたいてい手遅れだ。サーフィンで言っていたように、次の波は必ず来る。賢い投資家は市場のタイミングを計らず、人気のないときに買い、利益は売るときではなく買うときに生まれることを知っている。 ★ 第四が、一つの公式を身につけたら次の公式を学ぶことだ。パン職人が頭の中のレシピに従うように、お金にもレシピがある。人はよく、食べたもので自分ができていると言うが、著者は、学んだもので自分ができていると言い換える。大多数が持つ公式は、起きて働き、稼ぎ、請求書を払い、口座を合わせ、投資信託をいくつか買い、また働くというものだ。いまの仕事に疲れているか稼ぎが足りないなら、変えるべきはその公式である。二十六歳のとき、彼は差し押さえ物件の買い方を教える週末講座を受けた。学んだのは公式で、次の課題はそれを実行に移す規律だった。ゼロックスに勤めながら三年かけて技術を身につけ、その公式で数百万ドルを稼いだ。その後はデリバティブや商品オプション、カオス理論の講座にも出た。核物理や宇宙科学の博士たちに混じるのは身の丈を超えていたが、株と不動産の判断を確実に深めた。いま重要なのは何を知っているかではなく、どれだけ速く学べるかである。 ★ 第五が、まず自分に支払うことだ。十のうちどれが最も重要かは言いにくいが、性格に組み込まれていない人にとって最も習得が難しいのはこれだろうと彼は言う。宝くじの当選者がすぐ破産し、昇給した人がただちに新車やクルーズに向かうのは、自己規律を欠くからである。世界が人を押しのけてくるのは、他人がいじめっ子だからではなく、内側の統制と規律が足りないからだ。方法は素っ気ないほど単純で、請求書を払う前に資産の欄へ入れる。請求書を無責任に踏み倒せという意味ではなく、順序の話である。著者にも、自分に払う分と請求書の両方を賄えない時期はあった。それでも先に自分へ払った。取り立てが厳しいときの内面の強さが要るが、そこで生まれる圧力こそが財務の才能を刺激し、新しい稼ぎ方を考えさせる。ただし前提が二つある。先に大きな負債を抱えないこと、そして不足が出たときに貯蓄や投資に手をつけないことだ。これは禁欲の勧めではない。 ★ 第六が、助言者に十分な報酬を払うことである。多くの人は割安な仲介を使ったり自分で家を売ったりして数ドルを節約しようとする。だが良い専門家は時間を節約するだけでなくお金を生む。情報には値打ちがある。彼らに払う額は、その情報が生む額に比べれば些細だ。仲介者は面接し、その人自身がどれだけ不動産や投資を保有しているかを確かめる。企業に取締役会があるのは、自分より賢い人を周りに置く価値を知っているからで、個人にも同じものが要る。 ★ 第七に彼が挙げるのが、最初に出した資金を早く回収するという考え方だ。名づけの由来は、寒がる入植者に毛布を渡した先住民が、あとで返してほしいと言ったことをめぐる文化的な誤解にある。投資の文脈では、これは美点になる。著者が現金五万ドルで買ったコンドミニアムは、繁忙期に月二千五百ドル、それ以外は月千ドルで貸せた。三年ほどで元の五万ドルは彼の手元に戻り、それでも資産は毎月お金を生み続けている。危険を嫌う人は貯金口座に置くが、そこからは何も生まれず、無料で付いてくるものもない。彼の投資にはどれも上昇の余地と、何か無料で付いてくるもの、そして限定された損失が必要とされている。 ★ 第八が、資産に贅沢品を買わせることだ。著者も贅沢は好きだが、そのために借りはしない。彼が挙げるのは、車を欲しがった友人の十代の息子の話である。父親は車を買い与えず、三千ドルと株式市場についての情報を渡し、この金で直接車を買ってはいけないと言った。運用して六千ドルにできたら車を買ってよい、元の三千ドルは大学資金に回す、という条件である。息子はまだ利益を実現していなかったが、関心と学びは急速に伸びた。欲しいものを手に入れるために資産を増やすという、一生使える順序を覚えつつあった。短期には借りるほうが楽で、長期には難しくなる。 ★ 第九が、英雄を選ぶことである。子供が最も強く学ぶ方法の一つは、憧れの人になりきることだ。著者は大人になってもそれを続けており、対象が変わっただけだと言う。打席でウィリー・メイズになる代わりに、交渉の場ではトランプの大胆さを、趨勢を読むときにはバフェットの分析を借りる。英雄は物事を簡単に見せてくれるので、こちらも真似してみようという気になる。第十が、教えることで受け取ることだ。何かが欲しければ、まず与えなければならない。リッチ・ダッドはお金が足りないときにこそ教会や慈善団体へ寄付した。金銭でも、笑顔でも、愛でも、友情でも、まず与えれば豊かに返ってくる。教えることも同じで、教えるほど学びは増える。 ★ 最後に著者は、これを哲学ではなく作業として見たい人のために、自分の手順を短く挙げる。まず、いまやっていることを止めて休み、何がうまくいって何がうまくいっていないかを評価する。同じことを繰り返しながら違う結果を期待するのが狂気の定義だからだ。次に、新しい考えを探す。彼は書店に行き、自分がまったく知らない公式についてのハウツー本を買う。あるとき見つけたジョエル・モスコウィッツの十六パーセントについての本を読み、翌週の木曜日には書かれたとおりに実行した。隣人はそれがうまくいかない理由を説明してくれたが、彼はその話を聞かなかった。実際にやったことがない人の意見だったからである。 ★ そして、自分がやりたいことを実際にやった人を見つけ、昼食に誘って業界のこつを尋ねる。この十六パーセントの税担保証書について、彼は郡の税務署へ出向き、そこで働く職員が自分でも投資していることを突き止めた。すぐに昼食に誘うと、彼女は知っていることを教えるのを心から喜び、午後いっぱいかけて一通りを教えてくれた。翌日、その助けを借りて十六パーセントの物件を二つ見つけた。本を読むのに一日、行動に一日、昼食に一時間、二つの取引を得るのに一日。著者が示したかったのは、この程度の手間で始まるということである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■ ■■選書結語・統合総括 ■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ 本書は八つの教訓が並列に置かれた本に見えるが、実際には四つの層が下から順に積まれている。最下層はお金そのものの定義の書き換えで、お金は本物ではなく合意にすぎないという命題がここに置かれる。その上に、資産と負債を現金の向きだけで区別するという唯一のルールが乗る。三層目が実装で、法人という装置、支出と納税の順序、交換による課税の繰り延べ、そして何もないところから手形という資産を創る手順が具体的に示される。最上層が態度であり、知識を得てなお動けない人のための五つの障害と十の手順が置かれる。下の層を飛ばして上の層だけを真似ると機能しない構造になっている。 ★ この四層が同時に否定しているのは、一本の連鎖である。良い成績を取り、良い学校を出て、安定した会社に就職し、専門性を高めて昇給し、退職金と年金で老後を過ごす、という連鎖だ。本書はそのリンクを一つずつ切っていく。成績は現実の世界では決定的ではないと第五章が切り、専門化は給与と引き換えに選択肢を奪うと第六章が切り、年金と社会保障はすでに約束を果たせないと第二章と第六章が切る。だから著者の学校批判は各章の余談ではなく、この本の骨格そのものだと読むべきである。彼が繰り返し矛先を向けるのは教師個人ではなく、稼ぐ技能だけを教えて管理する技能を教えない設計のほうだ。 ★ 一方で、本書の数字にはすべて年代が貼りついている。九歳の時給十セントは一九五六年の、三日間の講座の三百八十五ドルは一九七三年の、二万ドルで買える七万五千ドルの家は一九九〇年代初頭のフェニックスの数字である。差し押さえ物件を裁判所の階段で拾う手法も、十六パーセントの税担保証書も、当時の不況と地域の法制度に依存している。著者自身がこの限界を隠していない。これは推奨ではなく例だと断り、市場の条件は読者の土地では違うと書き、起業については十社のうち九社が五年で潰れると数字を挙げて勧めないと明言する。本書を投資手法の教科書として読むと、この但し書きを踏み越えることになる。 ★ そう考えると、本書から取り出せるものは二種類に分かれる。時代と地域を越えて移せるのは、財務諸表を自分の生活について読むこと、稼ぐ技能とは別に管理する技能を持つこと、支出と納税の順序を意識すること、請求書より先に資産の欄へ入れること、報酬ではなく学べる内容で仕事を選ぶこと、そして自分より賢い人を集める費用を惜しまないことである。移しにくいのは、個々の取引の型そのものだ。著者が金鉱採掘者から引いた言葉──金はどこにでもあるが、ほとんどの人はそれを見る訓練を受けていない──は、この区別をそのまま言い当てている。訓練の対象は鉱脈の場所ではなく、見る目のほうにある。 ★ 最後に、本書の中心にある非対称性を確認しておきたい。著者が最も強く主張しているのは、お金が力だということではなく、お金についての知識のほうがお金より強い力だ、ということである。知っていることが最大の資産で、知らないことが最大のリスクだという一文は、資産と負債の定義をそのまま知識に適用したものだ。二人の父の生涯が示していたのも、収入の差ではなく、その資産の差だった。一方は毎年の昇給を待って失望し、他方は損失を勝利へ転換する方法を持っていた。本書が三十年分の教えを六つ、あるいは八つの教訓に圧縮できたのは、伝えるべき中身が技術ではなく、この一つの見方だったからである。 ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ■■ ■■選書コメント ■■ ━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━ ●今週の選書について 本書は、著者が九歳から三十年かけて受けた個人授業を、六つ、後の版では八つの教訓として再構成した本です。書かれていることの中身は驚くほど少なく、資産と負債を現金の向きだけで区別せよ、というほとんど一行に集約できます。それが二十年以上読まれ続けているのは、内容が新しいからではなく、教え方が徹底して具体的だからだと思います。 ★ 印象的なのは、著者に教えた人物が一度も講義をしていないことです。時給十セントで缶詰の埃を払わせ、抗議されると報酬をゼロにし、そのうえで二十五セント、一ドル、二ドル、五ドルと段階的に昇給をちらつかせる。少年が黙って耐えたところで初めて、人には値段があり、それは恐れと欲望で決まると告げます。読んでいて痛いのは、この実験が読者自身にも同じ結果を出すだろうと予想がつくところです。 ★ 自宅は資産ではない、という主張が本書で最も反発を受ける部分でしょう。著者はこれを感情の問題だと認めたうえで、固定資産税、価値が上がるとは限らないこと、資金が縛られることによる機会損失という三点に分解して説明します。義理の両親が退職後に月千ドルの固定資産税に愕然としたという話や、市場価格を大きく下回る家に百万ドルの借金を抱えた友人の話が添えられていて、単なる逆張りの主張には終わっていません。 ★ 一方で、注意して読むべき部分もあります。登場する金額はすべて一九五〇年代から九〇年代のもので、裁判所の階段で差し押さえ物件を拾う手法も、十六パーセントの税担保証書も、当時の不況と地域の制度に依存しています。著者自身が、これは推奨ではなく例であり、あなたの土地では市場条件が違うと繰り返し断っています。起業についても、十社のうち九社が五年で潰れると数字を挙げて、心から望む人以外には勧めていません。手法をなぞる本としてではなく、見方を借りる本として読むのが妥当だと思います。 ●稼ぐ技能と、管理する技能は別のものです 本書を読んで最も応用が利くと感じたのは、投資の話ではなく、技能の分類のほうでした。学校が教えるのは稼ぐための専門技能で、稼いだ後にどう扱い、どう他人に奪われないようにし、どう長く保ち、どう働かせるかという技能は誰も教えてくれません。著者はこれを金融的適性と呼び、才能があるのに苦しい人はここが空白なのだと指摘します。 ★ その象徴として出てくるのが、シンガポールで著者を取材した記者の話です。文章は優れているのに小説が売れず、営業を学んではどうかと勧められて激怒し、自分は英文学の修士でプロの作家だ、営業マンとは違う、と言い残して去っていきます。著者が返したのは、あなたのメモには最も売れる作家と書いてあるが、最も上手い作家とは書いていない、という一言でした。優秀さの種類を取り違えると、能力があっても報われない。これは書く仕事に限らず、多くの職種に当てはまる話だと思います。 ★ 関連して印象に残ったのが、授業でマクドナルドより美味しいハンバーガーを作れるかと問う場面です。ほぼ全員が手を挙げる。ではなぜ向こうのほうが稼いでいるのか。答えは、優れているのはハンバーガーではなく仕組みのほうだ、というものでした。遺産の三万五千ドルを高級誌の広告に注ぎ込んで反応ゼロに終わり、広告の営業マンは詐欺師だと結論づけた友人の話が続きます。作る力に集中して、届ける仕組みを学ばないままだと、何度でも同じ壁に当たるということでしょう。 ★ 実行しやすさという点では、請求書より先に自分へ払う、という順序の話が最も現実的です。著者の実父は他人に先に払って自分には最後に残そうとし、たいてい残りませんでした。もう一人は足りないときでも先に自分へ入れ、生じた不足の圧力を新しい収入源を探す動機に変えました。順序を変えるだけなので今日からでも試せますが、取り立ての圧力に耐える必要があるという但し書きも正直に書かれています。 ★ 資産と負債の区別、稼ぐ技能と管理する技能の区別、そして自分への支払いを先にする順序。この三つだけでも持ち帰る価値があります。お金に不安があるけれど何から手をつければいいかわからない方、収入は悪くないのに手元に残らない方、そして子供にお金の話をどう切り出すか迷っている方に、お勧めしたい一冊です。